旗本
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 用語集の索引集
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 旗本(はたもと)

# 旗本は時代によって定義は異なるが、一般には江戸時代の徳川将軍家の直参で将軍におみみえできる武士をいった。概ねだが、家禄200石(もっと下もいた)から10000石未満。

# 旗本の定義(説)
 _範州横娃以上。
◆仝飜楔(おみみえ)以上。
 旗本な軍事用語で、幕府の小姓組、書院番、新番、大番、小十人の五番士をいう。
・ 結論として、「家禄万石未満で、大々、家として将軍家への御目見を許される家格を有する家。」【江戸の旗本事典 小川恭一 角川ソフィア文庫】

# 幕臣 : 松平家102家、鈴木家58家、大久保家57家、加藤家51家、内藤家51家(1798年)

# 旗本屋敷の標準
・ 1万石未満: 3000坪
・ 1000石: 700坪
・ 500石: 500坪
・ 300石: 300坪

■ 旗本の数

・ 旗本の数は時代によって異なるが、約5300人。そのうち約2300人は無役。約2000人は3000石以下の小普請組、約260人は3000石以上の交代寄合。【参考:お江戸の役人 面白なんでも事典 中江克己 PHP文庫】

・ 旗本の家臣が、約7万人弱いるので、旗本八万騎。

・ 御家人は約1万7千人。

・ 小普請組は、江戸城のメンテナンスなどに労務をだす職務だったが、後に金納となった。500石以上は100石につき2両の上納。役があれば、役料がはいるが、小普請組だと、持ち出し。

・ 享保7年(1722年)の記録によると、旗本は5205人で平均石高は507石。御家人は1万7390人で、平均は32石。【日本人なら知っておきたい 江戸の武士の朝から晩まで 歴史の謎を探る会編 KAWADE夢文庫】

■ 旗本の家来の数(例)

# 300(石)
・ 侍1人(4両2分)
・ 小侍1人(1両2分)
・ 下男2人(1人3両)
・ 女中2人(1人2両1分)
・ 計6名

# 500
・ 用人1人(7両3人扶持
・ 中小姓2人(1人3両3分)
・ 手廻り5人(1人2両3分)
・ 中間1人(2両1分)
・ 女中4人(1人2両1分)
・ 計13人

# 900石
・ 用人3人(1人10両3人扶持
・ 給人2人(1人5両2人扶持)
・ 中小姓4人(1人4両2人扶持)
・ 門番2人(1人3両2人扶持)
・ 厩別当1人(3両2分1人扶持)
・ 中間6人(1人2両3分1人扶持)
・ 女中方8人(妾・老女・他)
・ 計26人

■ 旗本の役職

・ 旗本の役職は「番方」と「役方」に分かれ、番方は軍事、役方は行政に従事した。しかし、平和な江戸時代においては、番方はおもに江戸城の警備を担当した。

・ 番方: 大番、書院番小姓組番、新番、小十人番で編成され、約2000人。これが将軍直属の常備軍。

【参考:お江戸の役人 面白なんでも事典 中江克己 PHP文庫】

■ 元大名の旗本 【交代寄合

# 柴田家(3024石): 柴田勝家の養子の子孫。

# 北条家: 小田原の北条家の子孫。

# 今川家、畠山家、大友家: 高家

# 山名家最上家朽木家、那須家: 交代寄合

# その他、浅井長政、朝倉義景、木曽義仲、楠木正成、福島正則、本多正信本多正純の一族などがある。 

■ 旗本の奥向きの奥女中の数: 2〜3百石で4人くらい、6百石で6人くらい。奥方についたり諸雑用に2人、台所・洗濯・掃除で3人、総監督1名。7百石クラスで7人くらい、千石以上で十数人。【参考: 考証 大奥 稲垣史生】

# 参考資料
・ 江戸の旗本事典 小川恭一 角川ソフィア文庫
・ お江戸の役人 面白なんでも事典 中江克己 PHP文庫


■ 旗本の収入
・ 戸田家: 駿河国富士郡で2570石。家来10人と奉公人22人がいた。奉公人は門番、料理人、中間など。天明5年(1785年)の年貢は870石で、富士郡の陣屋の経費を除いて816両の収入があった。今の約1億3219億円。このうち家来や奉公人に払う給料は131両(2122万円)。旗本夫妻の生活費は132両(2138万円)。【江戸の長者番付 菅野俊輔 青春出版社 ・ 1両:約16万2000円で計算 】

■ 旗本の出自
 ヾ悒原の合戦以前に徳川家に仕えていた家。
◆ヾ悒原の合戦以降に召し出された家。
 徳川綱吉、家宣、吉宗などの家臣で、直参になった者。
大奥関係の御台所や老女の縁故者。
ァ〔沼欧陵ザ家。高家、交代寄合など。
Α‖臾召ら減知された家。
А‖臾召ら分知たれた家。
─ゝ伺修砲茲訃い圭个群函0綮奸武道、儒家など。
 外様大名の人質の召し出し家。
 御家人からの昇進組。
【江戸の旗本事典 小川恭一 角川ソフィア文庫】

■ 江戸時代後期の旗本5100家のうち、御家人から昇格した家が1100家を超えていた。【代官の日常生活 江戸の中間管理職 西沢淳男 角川ソフィア文庫】

スポンサーリンク
スポンサーリンク
統計表示