「滝川」の名字の由来 | |
【参考資料・文献】 | 【利用上の注意】 |
名字の由来のTop | 地名の由来のTop |
名字と地名のMenu | 「た」行の名字 |
スポンサーリンク |
スポンサーリンク |
■ 滝川(たきがわ)
【2022/12/20:改編】
# 代表家紋
# 織田家の武将の滝川一益は紀氏の出。江戸時代には旗本や富山藩の家老。
# 上野国の厩橋(現前橋市)城主。近江国甲賀郡の出で、紀長谷雄の末裔の貞勝のときに一宇野城に拠り、子の一勝から滝川氏を称したというが、伴姓の出という史料もあり、一益以前は不詳。一勝の子の一益は織田信長に仕え、1569年には尾張国の蟹江城主となった。翌年には北伊勢国を与えられ、以後累進して宿老になり、1582年に武田氏が滅亡すると上野国の厩橋城主になった。しかし、同年の本能寺の変後、北条氏直と神流川で戦って敗れ、伊勢国に帰国。1583年には柴田勝家と結んだが秀吉に敗北して降った。一益の子の一時は豊臣秀吉に仕え、1592年には徳川家康に属して上総国で2000石を与えられた。関ヶ原の合戦では東軍に属して江戸時代には旗本。富山藩の家老の滝川家もこの一族。【出典】
# 愛知県の滝川家
# 滝川一益(たきがわかずます): 丸に縦木瓜紋【武将と家紋 インデックス編集部】
# 滝川一益の養子の子孫は江戸時代には旗本となり、徳川慶喜のもとでは大目付を出した。
# 滝川一益: 織田信長の重臣だった滝川一益は近江国甲賀郡大原の出。【江戸の殿さま 全600家 八幡和郎 講談社】
都道府県毎の名字の特徴 | 名字の様々な区分 |
難読名字 | 難読地名・珍地名 |
地名と災害 | 名字の博物館 |
名字と地名・都道府県編 | 民俗学の広場内の検索 |
■ このサイトで使用している「名字の順位」「全国の概算数」「都道府県毎の順位」などについてはこちらを御覧下さい。【詳細】