「黒田」の名字の由来
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■ 黒田(くろだ)

【2019/01/21:改編】

# 162位

# 宇多源氏佐々木京極系、武蔵七党の丹党、橘氏などにみられる。

# 164位【知っておきたい家紋と名字 別冊宝島】

# 代表家紋

# 地名由来の名字で、沖縄県を除いた全国にみられるが、中でも富山県に多く近畿地方にも多い。

# 「黒田」の「黒」の語源は「古い、土の色」などとされる。

# 佐々木氏の支流の京極氏の支流で、鎌倉時代末期に近江国伊香郡黒田村(滋賀県長浜市)に住んだ事に由来する。後に、福岡藩の祖となる。黒田孝高(官兵衛)の家紋

# 信濃国伊那郡黒田(長野県伊那市)をルーツとする。

# 越前国黒田庄(福井県)をルーツとする。

# 陸奥国閉伊郡黒田(岩手県宮古市)をルーツとする。

# 千葉県の黒田家: 上総国久留里藩主武蔵七党の丹党の中山氏の一族。中山直張の三男の直邦が外祖父の黒田用綱に養われて黒田氏を称した。元禄16年(1703年)に常陸の下館1万5千石で藩主となった。その後、上野国の沼田を経て寛保2年(1742年)に上総の久留里に移った。

・ 上総国久留里藩(3万石)の黒田家は福岡の黒田家とは異なり、北条氏の家臣の出。

# 千葉県の黒田家: 久留里藩主武蔵七党の丹党の中山氏の一族。中山直張の三男の直邦が外祖父の黒田用綱に養われて黒田氏を称した。

# 静岡県の黒田家: 遠江国小笠郡の旧家。越前国黒田荘をルーツとし、足利氏の一族。黒田義理が遠江国小笠郡を領した。永禄年間に家康に仕え、江戸時代には代官を務めた。 

# 京都府の黒田家: 千家十職。越前国の出で丹羽氏に仕えていたが、関ヶ原の戦い後に近江国大津で竹細工師となった。 

# 福岡県の黒田家: 福岡藩主宇多源氏佐々木氏の支流で近江国の黒田氏の高政が、備前国邑久郡福岡(岡山県瀬戸内市長船町福岡)に移り住んだのが祖と言われるが未詳。豊臣秀吉のもとで織田信長に仕え、秀吉の九州平定後に豊前国の中津12万石。江戸時代には筑前国の福岡藩52万石。【家紋:黒餅】明治維新には侯爵

# 福岡県の黒田家: 秋月藩主福岡藩黒田家の分家。

# 福岡県の黒田家: 福岡藩の重臣で黒田兵庫助家。黒田官兵衛(如水)の弟の兵庫助利高を祖とする。

# 福岡県の黒田家: 福岡藩の重臣で黒田修理亮家。黒田官兵衛(如水)の異母弟の利則を祖とする。

# 福岡県の黒田家: 福岡藩家老で三奈木黒田家。藤原北家の加藤氏の出で、摂津国の伊丹市の一族。摂津国の荒木村重に仕えていたが、城内に捕らえられていた黒田官兵衛の脱出に功を成し、子が黒田家に仕えて黒田姓を称した。

# 鹿児島県の黒田家: 元首相の黒田清隆の家。薩摩藩の下級藩士の出。【家紋:藤巴】黒田清隆の家紋。 

# 主なルーツ地

・ 近江国伊香郡黒田村(滋賀県長浜市)をルーツとする。

・ 信濃国伊那郡黒田(長野県伊那市)をルーツとする。

・ 越前国黒田庄(福井県)をルーツとする。

・ 陸奥国閉伊郡黒田(岩手県宮古市)をルーツとする。

【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】より

# 兵庫県の黒田家: 播磨国飾磨郡の国人。京極満信の二男の宗満が近江国伊香郡黒田(滋賀県長浜市)に住んで黒田氏を称した。代々京極氏被官播磨国の黒田氏はこの末裔。当初は小寺家に仕えたが、黒田官兵衛孝高は織田信長に仕えて豊臣秀吉に属し、豊臣秀吉の九州平定後に豊前国中津12万石。関ヶ原の合戦では東軍に属し筑前国福岡52万石。

# 静岡県の黒田家: 遠江国小笠郡の国人。越前国黒田荘(福井県)の出で足利氏の一族。江戸時代には旗本本多家のもとで4500石の代官を務めた。

# 政治家の黒田清隆は鹿児島県鹿児島市の出身。芸術家の黒田清輝は鹿児島県鹿児島市の出身。女優の黒田福美は東京都板橋区の出身。

# 「黒田」の地名

# 「黒田」の語源

# 「軍師官兵衛」に学ぶ歴史豆知識

■ 黒田家

■ 黒田長政

■ 秋月藩 ・ 久留里藩 ・ 福岡藩

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