「久世」の名字の由来
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■ 久世(くぜ)

【2021/04/07:改編】

# 地名姓で各地に見られ、岐阜県や京都府に多くみられる。

# 富山県の久世家: 江戸時代越中国新川郡下砂子坂村(富山県富山市)にあった豪農。【出典】 

# 地名姓で各地にみられる。

# 公家の久世家: 公家の久世氏は山城国久世郡久世郷(京都府城陽市久世)をルーツとし、村上源氏の出。久我敦通の子の通式が久世氏を称した。家格は羽林家。江戸時代の家禄は200石。明治時代に子爵。【出典

# 下総国関宿藩主の久世家: 村上源氏の出を称すが不詳。三河国額田郡(愛知県)の土豪の小野高広の子の広長が母方の姓を継いで久世氏を称し、松平清康に仕えた。広宣は徳川家康に仕え、嫡流は5100石の旗本となった。広宣の三男の広之は三代将軍家光に仕えて若年寄老中を歴任、1669年に下総国関宿藩5万石を立藩した。その後、各地を転々とし、1705年に関宿に再入封した。のちに4万3000石。明治時代には子爵。【出典

# 美作国の久世氏: 美作国久世(岡山県真庭郡久世町)をルーツとする。久世保の荘官で鎌倉時代には御家人となった。【出典

# 越中国の久世氏: 戦国時代、越中国の佐々成政の家臣に小出城主(富山市)の久世但馬がいた。江戸時代には新川郡下砂子坂村の豪農に久世家があった。【出典

# その他の久世氏: 江戸時代、仙台藩士にも久世家があった。

# 岐阜県や京都府に多く見られる。

# 千葉県の久世家: 下総国関宿藩主で村上源氏の出という。もとは、三河国の中流武士で松平家に仕えた。【出典

・ 関宿藩(千葉県野田市)藩主。村上源氏の出と言うが不詳。広宣が家康に仕えて1590年の関東入国の際に、上総国望陀郡で300石を与えられたのが祖。広宣の三男の広之は三代将軍家光に仕えて累進、1648年に1万石に加増されて大名となった。その後も、若年寄、老中を歴任、1669年に下総国関宿藩5万石に入封。子の重之は、1683年に備中庭瀬、1686年に丹波亀山、1697年に三河吉田を経て、1705年に関宿5万石に再入封した。1713年に老中となり、1718年には6万石に加増された。後に分知して5万8000石になった。四代広明、七代広周も老中を務めた。明治時代には子爵。【出典

# 「久」の漢字の持つ意味

# 「久世」の地名

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