若年寄
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■ 若年寄(わかどしより)

# 江戸城勤番士や役人の統括を行った。

# 若年寄は、譜代大名から選ばれ、老中を補佐し老中支配以外の役人を統括し、江戸城中の事務をつかさどった。また、目付を通じて、旗本御家人を支配した。 

・ 寛永10年(1633年)に三代将軍徳川家光が、六人の側近を老中に準じて幕政に加えるために創設したという。老中を「年寄衆」と言ったのたいして、その次という意味で「若年寄」と名づけた。また「小老(しょうろう)」とも言った。

・ 老中の執務室を「上御用部屋」、若年寄の執務室を「次御用部屋」と言った。

【参考:お江戸の役人 面白なんでも事典 中江克己 PHP文庫】

・ 老中に続く幕府の重要職。旗本・御家人に関すること(直参への命令伝達、訴訟関係)を扱った。若年寄は三代将軍徳川家光が、堀田正盛、松平信綱、阿倍忠秋、太田資宗、阿倍重次、三浦正次の6人に、合議によって幕政に参加するように命じたことによってできた役職とされる。【譜代大名126家「勝ち組」の出世競争 榎本秋 晋遊舎新書】

# 若年寄: 将軍直轄で1〜6万石の譜代大名で、定員3〜5名。老中の次席にあたり、その補佐を務めた。【歴史人 2018.08.No92 江戸三百藩「仕事と暮らし」】

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