徳川家光
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■ 徳川家光(とくがわ いえみつ): 「徳川」の名字の由来

・ 1604年〜1652年。

・ 江戸幕府の三代将軍。

・ 「徳川(苗字)」+「家光(諱)」
・ 幼名: 竹千代
・ 階位: 従一位太政大臣
・ 院号: 大猷院(たいゆういん)

・ 参勤交代の制定。これにより、国内各地の情報の流動化により地域間の文化格差を少なく出来た。

・ 三代将軍家光は、若いときはヤンチャで衆道(男色)だったという。家光は寵愛していた小姓の妻や側室に子が生まれると切腹を命じたという嫉妬深さだったという。【誰も書かなかった徳川家の謎 小泉俊一郎 中経文庫】

■ 徳川家光(とくがわいえみつ)【出典
・ 1604−1651年。享年48歳(病死)。
・ 出身地: 江戸。
・ 肩書き: 江戸幕府の三代将軍。
・ 家族: 父:徳川秀忠
・ 家紋: 三つ葵紋
・ 二代将軍の秀忠の嫡男。幼少時は病弱で吃音だったという。実母の江が、家光ではなく弟の忠長を溺愛したため、父の秀忠もそれに従った。悲痛に耐えかねた家光は自害をはかったこともあるという。子の時に、乳母の春日局が伊勢参りを口実に駿府城の家康を訪ねて事情を訴えて、家光の後継を確定させた。三代将軍になった後、武家諸法度を発布し、参勤交代を実施した。


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