「林」の名字の由来
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■ 林(はやし)

【2021/03/01:改編】

# 20位【第一生命ランキング

# 第19位 約55万人【明治安田生命ランキング2008

# 第19位 約56万人【明治安田生命ランキング2013

# 第19位 約56万人【明治安田生命ランキング2018

# 全国順位(森岡浩ランキング): 19位
・ 全国密度順位(森岡浩ランキング): 岐阜県 > 富山県 > 福井県
・ 全国人口順位(森岡浩ランキング): 愛知県 > 岐阜県 > 千葉県

# 第20位 約54万人【道産子のルーツ事典 岸本良信 中西出版】

# 漢字一文字苗字ランキング: 1位

# 代表家紋

# 林は漢字一文字の名字としては最多。北陸地方から東海地方にかけて多くみられる。岐阜県に多くみられる。

# 栄(はやす)の意からでた地形姓。それ以外に拝志郷や拝師郷(石川県野々市町)といった地名由来の林もある。 「」には「神」が住み、「林」には「人」が住む。

# 林: 「草木を生やす」や「囃(はや)す」を語源とした地名で、全国にみられる。【名字の謎学 博学こだわり倶楽部編 KAWADE夢文庫】

# 清和源氏桓武平氏末裔で、東海地方、北陸地方に多い。

# 古代豪族の林氏は河内国志紀郡拝志郷(大阪府藤井寺市)をルーツとし、武内宿禰の子孫。

# 信濃の林氏は信濃国林郷(長野県松本市)をルーツとし、清和源氏小笠原氏の出。

# 加賀の林氏は加賀国石川郡拝師郷(石川県石川郡野々市町)をルーツとし、藤原北家の利仁流の斎藤氏の支流。子孫は加賀一帯に広がり、「大桑」「安田」「横江」「飯川」「広岡」などの分家がある。

# 常陸の林氏は常陸国鹿島郡林村(茨城県鹿嶋市林)をルーツとし、桓武平氏大掾氏流。

# 肥後の林氏は菊池氏の出。

# 山形県の林家: 鶴岡城下の豪商。寛文年間鶴岡藩家老を出した。【出典

# 千葉県の林家: 上総国請西藩主の林家は信濃国林郷(長野県松本市)をルーツとし、清和源氏小笠原氏の支流。【出典

・ 上総国請西藩(1万石)。木更津市の林家は幕末300諸藩で唯一取り潰された藩。林家は信濃の小笠原家の一族で、幕末には藩主の林忠崇自らが脱藩して官軍と戦った。後に、咸臨丸で東北に転戦し、会津が落城の後に仙台で降伏した。忠崇は明治維新で華族にもなれなかったが、後に許され諸侯出身としては一段下の男爵となった。1941年に92歳で、死去。昭和まで生き残った、最後の殿様といわれる。

・ 請西(じょうざい)藩(千葉県木更津市)藩主。信濃国林郷(長野県松本市)をルーツとし、清和源氏の小笠原氏の支流。代々、松平氏の家臣で、忠政が徳川家康に仕えて上総国茂原で200石を領したのが祖。忠篤は浦賀奉行、一橋家家老を歴任、その子忠英は1825年に若年寄となって1万石に加増、1828年には上総貝淵藩(木更津市)を立藩した。1850年に忠旭の時に上総請西に転じた。戊辰戦争では忠崇は官軍に抵抗し各地を転戦、仙台で降伏したものの所領は没収された。1869年に忠弘が300石で再興、その後男爵。後に日光東照宮宮司も務めた。【出典

# 石川県の林家: 加賀国石川郡拝師郷(石川県石川郡野々市町)をルーツとし、藤原北家の利仁流の斎藤氏の支流。子孫は加賀一帯に広がり、「大桑」「安田」「横江」「飯川」「広岡」などの分家がある。

# 長野県の林家: 江戸時代、木曽街道の妻籠宿の脇本陣に林家があった。戦国時代に三河国から木曽に移り住んだ。【出典

# 岐阜県の林家: 中山道太田宿中町(岐阜県美濃加茂市)の旧家。本家は材木商。分家は質商・味噌醸造業。【出典

・ 中山道太田宿中町(岐阜県美濃加茂市)の旧家。本家は勘兵衛を称して材木商を営み、分家の市左衛門家は、若葉屋を号して質商・味噌溜製造業として藩の御用達である一方、大田宿の脇本陣も務めた。分家の七代目の小一郎は1889年に衆議院議員となった。【出典

# 兵庫県の林家: 淡路島の三原郡湊浦(兵庫県南あわじ市)で庄屋を務めた。【出典】 

# 和歌山県の林家: 那賀郡上番村(和歌山県紀の川市)の旧家で、藤原北家利仁流の末裔

# 「林」の地名は、全国に大字以上で31ある。

# 江戸初期の儒学者の林羅山は京都の出身だが、父親は加賀国の郷士の末裔。小説家の林芙美子は山口県下関または福岡県門司の出身と言われるが父親は鹿児島の出。タレントの林寛子は東京都大田区の出身。俳優の林与一は大阪府の出身。俳優の林隆三は東京都新宿区の出身。作家の林真理子は山梨県の出身。石川県初の総理大臣の林銑十郎は石川県金沢市の出身。 

# 幕末期の上総国請西(じょうさい)藩1万石藩主の林忠崇は明治維新後、藩を捨てた?館山から咸臨丸に乗り、榎本武楊と行動を共にする。

# 第二次安倍内閣の林芳正(農林水産大臣)は山口県下関市の出身。

【林】【出典

# 愛知県の林氏: 尾張国愛知郡那古野城主で藤原北家利仁流とも越智姓ともいう。林通勝は織田信長の家老天正8年(1580年)に信長から追放された。通勝の子の正利は小早川秀秋に仕え、江戸時代には旗本で美濃で2千石。

# 茨城県の林氏: 常陸国の大掾氏の庶流で鹿島三郎成幹の六男の六郎左衛門頼幹が常陸国鹿島郡林(茨城県鹿嶋市林)に住んで林氏を称した。

# 鳥取県の林氏: 因幡国智頭郡の岩神城(鳥取県八頭郡智頭町)城主。天文13年(1554年)に尼子氏に降った。

【新編日本姓氏辞典】千葉琢穂編著 展望社 より

(1) 清和源氏義光流小笠原氏族。信濃守清宗の二男の光政が、故ありて信濃国林郷に潜居して家号とす。

(2) 清和源氏満快流。下野守満快の第六代の公扶が、林をもって家号とす。

(3) 藤原氏族北家利仁流。利仁の第七代の豊前守貞宗が、林をもって家号とす。

(4) 越智河野氏族。河野通信の末裔の駿河守通村が、美濃国安八郡林に住せしより称号す。

(5) 桓武平氏国香流鹿島氏族。鹿島成幹の六男の頼幹の男貞政が、林をもって家号とす。

■ 林【出典

# 「林」は古くは「拜志・拜師」と書いた。

# 古代氏族としては、河内国志紀郡拜志郷を発祥とし、大伴氏族の林宿禰および武内宿禰の子孫の林朝臣の二系統がある他、百済族もある。

# 加賀国石川郡拜志発祥の林氏は藤原北家利仁の曾孫の加賀介忠頼系。

# 伊予国越智郡拜志郷発祥の林氏には、新居氏族と河野氏族がある。

# 信州の林氏には、藤原南家工藤氏族、諏訪下社社家清和源氏村上氏および小笠原氏族がある。

# 尾張の林氏は、良峰(よしみね)氏の子孫。

# 美濃の林氏は、伊予の河野氏族や土岐氏族がある。

# 関東では常陸の大掾氏、上野の藤原北家の秀郷流の淵名(ふちな)氏族、相模の三浦氏の支流の林氏がある。

■ 「はやし」の地名

■ 林家

■ 請西(じょうざい)藩   

■ 「林」の漢字

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