| 武内宿禰 | |
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■ 武内(竹内)宿禰(たけうちのすくね)
【宿禰】 伝説上の人物で、仁徳天皇にかけて、大臣として国政を担った。「紀」「巨勢」「平群」「葛城」「蘇我」などの祖とされる。父親は孝元天皇の皇孫とのこと。
・ 紀氏、巨勢氏、平群氏、葛城氏、蘇我氏などの祖と言われるが不詳。因幡国の風土記によると、武内宿禰は360歳の時に因幡国でクツを残して行方不明。【伝説の日本史 第1巻〜神代・奈良・平安時代 「怨霊信仰」が伝説を生んだ〜 井沢元彦】
・ 武内宿禰は戦前の1円札の肖像画に使われていた?
■ 竹内宿禰(たけうちのすくね): 因幡国
・ 因幡の国の風土記にいう。難波の高津の宮(仁徳天皇)に天の下をお治めなされた五十五年春三月、大臣竹内宿禰は、御年三百六十余歳で当国に御下向あり、亀金に双(ふたつ)の履(くつ)を残して御陰所(みかくれどころ)知れずになった。聞くところによると、因幡の国法美の郡の宇倍山の麓に神の社があり、宇倍社という。これは竹内宿禰のみ霊である。昔、竹内宿禰は、東方(あずま)の夷(えみし)を平らげて、宇倍山に入った後、終わる所を知らずという。【出典】