「小笠原」の名字の由来
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■ 小笠原(おがさわら、おかさわら)

【2021/02/09:改編】

# 232位

# 224位: 「丸に三階菱紋」「丸に松皮菱紋」「丸に五七桐紋」「丸に三つ扇紋」【知っておきたい家紋と名字 別冊宝島】

# 漢字三文字苗字ランキング: 7位

# 甲斐源氏加賀美流などにみられる。

# 代表家紋

# 東北地方より北、東海地方四国地方に多く見られる。

# 青森県:13位、岩手県:27位、高知県:50位、秋田県:54位、北海道:88位、山形県:107位など。

# 甲斐国巨摩郡小笠原村(山梨県南アルプス市)を発祥の地とする。

# 小笠原から派生した名字には「三村」「浅原」「跡部」「打越(うちこし)」「大井」「大倉」「下条」「二木」「」「船越」「三好」などがある。

# 甲斐国巨摩郡小笠原村(山梨県南アルプス市)を発祥の地とする。12世紀の初めに弓矢の名主として高倉天皇に仕え、甲斐国武田氏武田信義の弟であり、加賀美氏の祖である加賀美遠光(とうみつ)の次男の長清(ながきよ)がこの地に土着し小笠原を名乗った。

# 清和源氏の加賀美遠光の二男の長清が小笠原に住んで小笠原氏を称した。長清は源頼朝に従って功を成し、信濃国伴野荘(長野県佐久市)の地頭となり、後に阿波国(徳島県)の守護をつとめた。建武の新政後、小笠原貞宗が信濃国筑摩郡井川(長野県松本市)を本拠とした。【出典

# 小笠原氏は鎌倉時代に本拠地を信濃国に転じ、室町時代には守護を務めた。

# 小笠原家の嫡流は信濃国を領地としたが、他に庶流は「山城国(京都)」「阿波国」「備前国」「備中国」「石見国」「三河国」「遠江国」「陸奥国」に拡がった。

# 戦国時代には、その領地を武田家に奪われるが、江戸時代には譜代大名として信濃国飯田5万石(後に信州松本8万石)を拝領する。

# 小笠原家甲斐国の小笠原にあったが、鎌倉幕府や室町幕府で礼法の伝承を家業とした。小笠原貞宗が足利尊氏から信濃の守護に任命され、信濃国に移り住んだ。南北朝の頃、お家騒動で深志(松本)系と松尾(飯田)系に分かれた。江戸時代は北九州小倉を領地とし、小倉城の庭園内に小笠原礼法の博物館がある。

# 旗本小笠原家藤原南家

# なお、室町時代以降、武家社会の有職故実(ゆうそくこじつ)を伝える役割を担い、武家の作法の小笠原流の流れとなる。

※ 有職故実とは古来の先例に基づいた、朝廷や公家、武家の行事や法令・制度・風俗・習慣・官職・儀式・装束などのこと。

# 福井県の小笠原家: 越前国勝山藩小笠原家(2万2千石)は、小倉藩小笠原家とは別系統で、信濃国伊那の出。 

・ 越前勝山藩主。酒井忠次の三男から徳川家康の命で小笠原信嶺の養子となった信之が、1612年に下総国古河2万石に入封したのが祖。政信は1619年に関宿2万2700石に転じ、貞信の時、1639年に美濃国高須を経て、1691年に越前国勝山2万2700石へ。1829年に長貴は若年寄となった。明治時代には子爵。【出典

# 長野県の小笠原家: 清和源氏で源義光の子孫。南北朝時代には小笠原貞宗が信濃国守護をつとめ、信濃に勢力をもった。戦国時代に武田家に破れたが、後に徳川家に仕えた。【出典】 

・ 信濃国の守護大名。甲斐国巨摩郡小笠原(山梨県南アルプス市)をルーツとする。清和源氏の出。加賀美遠光の二男の長清が小笠原に住んで小笠原氏を称したのが祖。遠光は1185年に信濃守になった。長清は源頼朝に従って功をあげ、信濃国伴野荘(長野県)の地頭となり、後に阿波国の守護も務めた。以後、御家人として鎌倉幕府に仕え、伴野氏、大井氏などの庶家を出したが、あまり発展せず、1285年の霜月騒動では伴野氏が北条氏によって誅された。建武新政では小笠原貞宗が信濃国の守護となって伊那郡伊賀良荘に転じ、南北朝時代には、本拠地を筑摩郡井川(長野県松本市)に遷した。代々、信濃国の守護となるが、国人層の反発も大きく、1400年には長秀の守護を拒否する国衆達との間で大塔合戦を引き起こし敗北した。1416年に守護となった政康によって領国経営が進むが、1442年に政康が死去すると、内訌によって深志・伊那鈴岡・松尾の三家に分裂。1493年に松尾家が鈴岡家を滅ぼして、以後深志・松尾の二家となった。室町時代には全国に20ヶ所の所領を持ち、一族は各地に広がった。子孫は小倉藩主など大名五家を数える。【出典

# 長野県の小笠原家: 交代寄合の伊豆木小笠原家。松尾小笠原家の末裔。1600年に長巨が1000石を与えられて旗本となり、信濃国伊那郡伊豆木(長野県飯田市伊豆木)に陣屋をおいて交代寄合となった。【出典

# 愛知県の小笠原家: 尾張藩の重臣。【出典】 

# 兵庫県の小笠原家: 播磨国安志藩主。信濃の小笠原氏には松尾家と深志家があり、嫡流の深志家の小笠原長次が播磨国龍野6万石を立藩したのが祖。

・ 播磨国安志藩(兵庫県姫路市)藩主。1716年に豊前中津藩主の小笠原長邑が6歳で死亡して断絶した後、長邑の弟の長興が1717年に播磨国宍粟・佐用・赤穂三郡で1万石を与えられ、宍粟郡安志に陣屋をおいて安志藩1万石として再興した。明治時代には子爵。【出典

# 島根県の小笠原家: 阿波国小笠原家の支流。江戸時代には長州藩士。【出典】 

# 高知県の小笠原家: 阿波国小笠原家の支流が土佐国に転じ、土佐国長岡郡豊永(高知県長岡郡豊永)に住んで、土佐小笠原氏となった。戦国時代に滅亡後、江戸時代には土佐藩士。【出典】 

# 福岡県の小笠原家: 小倉藩主甲斐国巨摩郡小笠原(山梨県南アルプス市)をルーツとし、清和源氏加賀美氏の出。阿波国守護や信濃の守護を努めた。戦国時代に武田信玄に信濃を追われ織田信長に仕えた。江戸時代には豊前国小倉15万石。

・ 小倉藩主。信濃国の戦国大名の深志小笠原氏の末裔。清和源氏の出で、加賀美遠光の二男の長清が甲斐国巨摩郡小笠原(山梨県南アルプス市)に住んで小笠原氏を称したのが祖。貞慶は徳川家康に仕え、1590年の関東入国では秀政が下総古河3万石を与えられた。関ヶ原の合戦後、信濃飯田5万石を経て、1613年に松本8万石へ。
1615年の大坂夏の陣では秀政・忠脩父子が戦死。二男の忠真が松本藩を継いだ。1617年に播磨明石10万石を経て、1632年に豊前小倉15万石に転じた。1866年の第二次長州戦争では長州藩に敗れて小倉城が落城。田川郡香春に藩庁を移して香春藩となった。明治時代には伯爵。【出典

# 福岡県の小笠原家: 小倉新田藩主小倉藩小笠原家の分家。 

・ 豊前国の千束(ちづか)藩(豊前市)藩主。小笠原忠真の四男の真方は1671年に兄の忠雄から上毛郡で新田1万石を分知されて、小倉新田藩を立てたのが祖。四代貞盛は若年寄を務めた。1869年に居所を上毛郡千束に移したため、千束藩と改称した。明治時代には子爵。【出典

# 佐賀県の小笠原家: 唐津藩主。深志小笠原家の秀政が1632年に豊後国杵築4万石を立藩。1817年に肥前国唐津6万石へ。 

・ 唐津藩主。松本藩主の小笠原秀政の三男の忠知は一家を興して旗本になった後、1632年に豊後杵築4万石を立てた。1645年には三河国吉田4万5000石へ。子の長矩は弟に5000石を分知して4万石となったが、長重が1697年に老中となって武蔵岩槻5万石に転じた。その後、1711年に遠江掛川、1746年に陸奥棚倉を経て、1817年に肥前唐津へ。幕末、長国の子の長行は世子のまま若年寄・老中を歴任。第二次長州戦争では九州方面軍の指揮をして敗れ、奥羽越列藩同盟が成立すると会津城に入城。さらに、榎本武揚とともに箱館の五稜郭に立てこもった。長国は明治維新後長行を義絶して恭順の意を表した。明治時代には子爵。【出典

# 熊本県の小笠原家: 熊本藩家老清和源氏信濃国の小笠原氏の一族。 

# プロ野球の小笠原道大は千葉県千葉市の出身。

# 小笠原氏は後に小笠原諸島を発見

【小笠原】【出典

# 長野県の小笠原氏: 信濃国の戦国大名で清和源氏の出。加賀美遠光の二男の長清が甲斐国巨摩郡小笠原(山梨県南アルプス市)に住んで小笠原氏を称した。長清は源頼朝に従って功を成し信濃国伴野荘(長野県)の地頭となり、後に阿波国守護も務めた。

・ 深志家: 小笠原氏の嫡流で府中小笠原氏ともいう。天文19年(1550年)に武田信玄によって信濃から追われ、小笠原貞慶は織田信長に仕え、後に徳川家康に仕え、1589年に旧領を回復した。家康の関東入国に際しては下総国古河3万石を賜り、関ヶ原の戦いの後には信濃国の飯田藩5万石から松本8万石。播磨国の明石藩10万石を経て1632年に豊前国の小倉藩15万石。

・ 松尾家: 松尾家は小笠原政康の子の宗康・光康兄弟が持長と争って府中を去り、信濃国伊奈郡松尾(長野県飯田市)に住んだのに始まる。武田信玄に仕え、武田氏が滅亡後には家康に仕え、家康の関東入国に際しては武蔵本庄1万石を領す。のちに、下総国の古河2万石から関宿藩2万2700石、美濃国の高須藩を経て1691年に越前国の勝山藩2万2700石。

# 徳島県の小笠原氏: 阿波国の戦国大名で、阿波の守護を務めた小笠原長房の四男の長宗を祖とする。長宗我部氏に敗れる。

# 高知県の小笠原氏: 土佐国長岡郡の国衆で阿波の小笠原氏の一族が室町時代に土佐国に転じた。江戸時代には土佐藩士

# 島根県の小笠原氏: 石見国の戦国大名。江戸時代には長州藩士

# 愛知県の小笠原氏: 三河国幡豆郡の国衆江戸時代には尾張藩の重臣。

# 「小笠原」の地名

# 小笠原家

# 安志藩 ・ 勝山藩 ・ 唐津藩 ・ 小倉藩 ・ 小倉新田藩

# 国衆(国人)

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