静岡県内の「小笠原」の名字の詳細
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■ 小笠原(おがさわら)

# 静岡県内では、全域に見られるが清水市(現静岡市)に多く見られ、伊豆には少ない。【出典

# 清和源氏流は豆相甲遠淡の五カ国を領し、信濃国の守護職であった小笠原信濃守長清を祖とし、甲斐国中巨摩郡小笠原村発祥という。【出典

# 静岡県内では、長清の子の長経の二男の伊豆守清経が鎌倉時代に伊豆国の守護職となり、赤沢城(伊東市)に住んだのが最古。【出典

# 藤原氏流は藤原遠江守為憲の末流で、堀江左近将監清信の子の四郎右衛門信峯は初め今川氏に仕え、小笠原長高一族に属して小笠原姓を授けられ、その子の次右衛門信倫は後に徳川家康に属して横須賀(大須賀町)に住んだ。子孫は、徳川家に仕え、頼宣に属して江戸時代には紀州藩士。【出典

# 高天神の小笠原氏助は、元亀3年10月、武田信玄の遠江・三河侵攻に際し、武田氏に降伏したが、天正元年に離叛し、徳川氏方に復帰した。そこで、天正2年に武田勝頼は小笠原氏を攻め、6月に降伏させた。勝頼は、小笠原氏助に弾正少弼の官途と、偏諱を与えて信興とし、引き続き高天神城を委ねた。しかし、天正3年5月の長篠の戦いでの敗戦によって、徳川氏の反攻の厳しさを増したことから、遠江の防衛強化と、小笠原信興の離叛を防止するために、小笠原氏を駿河国富士郡に転封させた。【出典

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