源頼朝
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■ 源頼朝(みなもとよりとも): 「源」の名字の由来

# 代表家紋

# 鎌倉幕府の初代将軍。

# 源頼朝の墓が鎌倉にあるが、1779年に薩摩藩主の島津重豪が先祖の供養として建立した。近年に鎌倉市に寄付されるまで島津家の所有だった。島津家の初代の忠久は渡来氏系の秦氏系の惟宗氏の出だが、忠久は父母が結婚する前の連れ子だとした。父は惟宗広言で、母は源頼朝の乳母であった比丘尼の娘である丹後局で、二代将軍の源頼家の正室の父である比企能員の妹と言われる。【「系図」を知ると日本史の謎が解ける 八幡和郎 青春出版社】 

# 源頼朝が蜂起して、石橋山の戦いで敗退した後、伊豆から房総に逃れた。そして、上陸した地点から千葉市の千葉城(亥鼻(いのはな)城)に向かう途中、頼朝に呼応する兵が徐々に増えていった。それらを表す地名が残る。
・ 百坂(ももさか): 千葉県富津市
・ 三百騎坂: 
・ 千騎坂: 
・ 万騎坂(万坂): 千葉県袖ケ浦市
【千葉地名の由来を歩く  谷川彰英 ベスト新書】


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