平治の乱 | |
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■ 平治の乱(へいじのらん)
# 保元の乱の後の、平治元年(1160年)12月に、後白河法皇をめぐって藤原通憲と藤原信頼が反目し、藤原通憲は平清盛と、藤原信頼は源義朝と組んで対立した。信頼らは清盛の熊野参詣中に挙兵し、法皇を幽閉して通憲を殺した。しかし帰京した清盛に敗れ、信頼は斬罪、義朝は尾張国で殺された。義朝の子頼朝も伊豆に流され源氏は一時衰退し平家全盛のきっかけとなった。