「跡部」の名字の由来
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■ 跡部(あとべ)

【2022/02/22:改編】

# 松皮菱紋

# 山梨県から長野県にかけて多く見られる他、宮城県白石市や福岡県大牟田市にもまとまってみられる。

# 信濃国佐久郡跡部郷(長野県佐久市跡部)をルーツとし、清和源氏小笠原氏の支流。【出典

# 信濃国佐久郡および小県郡に跡部村があり、小笠原氏族の伴野(ともの)時長の子の長朝に始まる。甲斐国の跡部氏も同系。ただし、河内国・伊勢国・美濃国の跡部郷発祥は古代氏族の物部氏から出た阿刀部(あとべ)の子孫。代表家紋は「松皮菱紋」「三階菱紋」「蔦紋」。【出典】【家紋のデータ

# 新潟県の跡部家: 信濃国佐久郡跡部郷(長野県佐久市)をルーツとし、清和源氏小笠原氏の支流。江戸時代には旗本。【出典

# 信濃国佐久郡及び小県郡に跡部村がある。清和源氏の小笠原氏流の伴野(ともの)時長の子の長朝を祖とする。甲斐の跡部氏も同族。ただし、河内国・伊勢国・美濃国の跡部氏は古代氏族の物部氏からでた阿刀部(あとべ)氏の子孫。代表家紋は松皮菱紋、蔦紋。【出典】 

# 信濃国佐久郡跡部郷(長野県佐久市跡部)をルーツとする。清和源氏の出。鎌倉時代初期に、小笠原長清の孫の長朝が跡部を領して跡部氏を称した。以後、信濃・甲斐の各地に広がったが、室町時代中期に甲斐守護代をつとめた跡部駿河守・上野介父子が有名。また、武田信玄の重臣に、跡部信秋がいた。一族は江戸時代には旗本。【出典

# 現在は、山梨県から長野県にかけて多く見られる。その他では、宮城県白石市や、福岡県大牟田市にまとまってみられる。【出典

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