「牛込」の名字の由来
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■ 牛込(うしごめ)

【2019/03/06:改編】

# 4487位

# 全国に約2600人

# 藤原北家秀郷流_足利氏などにみられる。

# 「牛込」とは「牛を囲っておく牧場」を意味するほか、「込」は「多く集まるところと」いう意味もある。

# 東京都北部から群馬県にかけて多くみられる。

# 武蔵国荏原郡牛込(東京都新宿区)をルーツとする。

# 藤原北家秀郷流の足利氏の支流で大胡(おおご)重国の子の重行が上杉朝興(ともおき)に仕えていたが、北条氏康の招きで武蔵国牛込を所領し、重行の子の勝行が1555年に牛込氏を称した。1591年に徳川家に仕え江戸時代には旗本

# 牛込(うしごめ): 東京都新宿区。地名の由来は、牛のにちなむと伝え、「新編武蔵」に「駒込馬込など云うも皆牧ありし所とみゆ。込は和字にて多く集まる意なり、爰も牛の多く居りし所なれば名づけし」と見える。【出典
・ 牛込郷: 南北朝時代から武蔵国荏原郡にみられた郷名。暦応年間、領主に江戸近江権守の名がみえる。南北朝期以来、江戸氏一族牛込氏の支配するところとなった。戦国期に上野国大胡の大胡重行が牛込氏の家督を継ぎ、小田原北条氏の臣下となり、子勝行は天文24年から牛込氏を名乗る。【出典

# 牛込注左衛門重忝(しげのり) 

・ 長崎奉行(遠国奉行の筆頭)

・ 牛込氏はもとは足利氏を称した。重俊のときに上野国大胡(群馬県前橋市)を領し大胡氏を称した。さらに勝行のときに北条氏康に仕え武蔵国牛込(東京都新宿区)を領し、牛込氏を称した。【江戸の名奉行 43人の実録列伝 丹野顯 文春文庫】

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