「新庄」の名字の由来
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■ 新庄(しんじょう)

【2021/01/27:改編】

# 2881位

# 全国に約4900人

# 関西地方から山陽地方に多くみられる。

# 新しく開かれた荘園を意味する。

# 常陸国麻生藩主の新庄家は近江国坂田郡新庄(滋賀県米原市新庄)をルーツとし、藤原北家秀郷流今井氏の出。足利将軍家の家臣から、秀吉に仕えて高槻城主となったが、関ヶ原の戦いでは西軍に属して取りつぶしとなったが、1604年に大名として復活した。

# 山形県新庄市由来の新庄もあるのか?

# 「新庄」の地名の由来

# 茨城県の新庄家: 常陸国麻生藩主藤原北家秀郷流近江国坂田郡新庄(滋賀県米原市新庄)の出。当初は今井氏を称していたが、俊名の時に新庄に移り住んで新庄氏を称した。新庄直頼の時に豊臣秀吉に従って1万3千石の大名となる。江戸時代には常陸国の麻生藩主3万石。

・ 常陸国の麻生藩(茨城県行方市)藩主。藤原北家秀郷流の出で、今井氏の一族。俊名の時に近江国坂田郡新庄(滋賀県米原市)に転じて新庄氏を称し、足利義詮に仕えたのが祖。直頼は豊臣秀吉・秀頼に仕えて1万3000石を領し、関ヶ原の戦いでは西軍に属したが、1604年にゆるされて3万300石を与えられ、常陸国の麻生藩を立てた。1676年に直矩が17歳で死去したため、いったん無嗣断絶となったが、引退して7000石の交代寄合となっていた先代の直時が1万石で再興した。明治時代には子爵。【出典

# 麻生藩

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