「最上」の名字の由来
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 「ま」行の名字
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 最上(もがみ)

【2018/12/26:改編】

# 1959位

清和源氏足利斯波

代表家紋

# 最上氏: 二つ引両紋。支流には「天童」「東根」「上山」「鷹巣」「中野」「成沢(なるさわ)・(なりさわ)じゃ?」「黒川」「谷地」「清水」「延沢」「松根」「大窪」「築地」などがある。【あなたの起源を読み解く 名字の世界 インデックス編集部 イースト新書Q】

# 東北地方に多くみられる。

# 秋田県:251位、青森県:358位、宮城県:462位、山形県:566位など。

# 南北朝時代に、出羽国最上郡(山形県最上郡・現在の村山郡)に移り住んだ斯波(しば)氏の一族が名乗った。関ヶ原の戦い後最上義光(伊達政宗の伯父)出羽国山形57万石の大名となるが除封。子の義智が高家として5000石で、近江国蒲生郡大森(滋賀県東近江市蒲生大森町)を領した。
※ 古代から中世にかけての最上郡は、今の「村山郡南部」を中心とした地域を意味した。

# 最上とは「最中(まんなか)の上」を意味する他、アイヌ語の「モ・カムイ」は「聖なる神」を意味する。

# 最上から派生した名字には、「山野辺」「天童」「東根」「上山」「鷹巣」「中野」「成沢」「黒川」「谷地」「清水」「延沢」「松根」「大窪」「築地」などがある。

# 江戸時代中期の探検家の最上徳内(とくない)は、出羽国村山郡楯岡村(現:山形県村山市楯岡)の出身。

# 山形県の最上家:  旧山形藩主清和源氏の斯波氏の出で、延文元年(1356年)に斯波家兼の二男の兼頼が出羽国最上郡(現在の村山郡)に転じたのを祖とする。関ヶ原の戦い後江戸時代には出羽国山形57万石。後に改易となった。取りつぶし後、近江国大森(滋賀県東近江市)1万石、後に高家5000石。

# 山形県の最上家: 出羽国の戦国大名。清和源氏の斯波氏の一族で、延文元年(1356年)に斯波家兼の二男の兼頼が出羽国最上郡に入部し、翌年に山形城を築城しそこを拠点に北朝方で活躍し、最上氏を称した。関ヶ原の戦いの後には、出羽国山形57万石。1622年にお家騒動で取りつぶし。最上義俊近江国と三河国で1万石へ。最上義俊は近江国大森(滋賀県東近江市蒲生大森町)に陣屋をおいて大森藩を立藩。1631年に5千石に減らされて、旗本交代寄合。【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】

# 「最上」の地名

# 最上義俊

# 最上家

# 山形藩

スポンサーリンク
スポンサーリンク
都道府県毎の名字の特徴 名字の様々な区分
難読名字 難読地名・珍地名
地名と災害 名字の博物館
名字と地名・都道府県編 民俗学の広場内の検索

■ このサイトで使用している「名字の順位」「全国の概算数」「都道府県毎の順位」などについてはこちらを御覧下さい。詳細】 

統計表示