「福原」の名字の由来
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■ 福原(ふくはら)

【2022/03/01:改編】

# 478位

# 代表家紋

# 清和源氏村上源氏藤原氏大江氏などに見られる。

# 関東地方南部と山陽地方に多く、島根県益田市や新潟県中魚沼郡津南町に多くみられる。

# 歴史的には「毛利氏の支流」と「那須氏の支流」が有名。

# 島根県:141位、広島県:181位、山口県:219位、徳島県:223位、千葉県:265位、〜山形県:896位。

# 主なルーツ地

・ 安芸国高田郡福原(広島県安芸高田市吉田町福原)をルーツとする。

・ 下野国那須郡福原(栃木県大田原市福原)をルーツとする。

・ 常陸国笠間郡福原(茨城県笠間市福原)をルーツとする。

・ 播磨国佐用郡福原(兵庫県佐用郡佐用町福原)をルーツとする。

# 安芸国高田郡福原(広島県安芸高田市吉田町福原)を領地とした毛利元春の子、広世が名乗った。

# 藤原北家那須氏が下野国で名乗った福原姓もある。

# 下野国那須郡福原(栃木県大田原市福原)をルーツとする。

# 常陸国笠間郡福原(茨城県笠間市福原)をルーツとする。

# 播磨国佐用郡福原(兵庫県佐用郡佐用町福原)をルーツとする。

# 北海道の福原家: 余市の網元。幕末に上之国から余市に出稼ぎに来た才七が、明治時代にニシン漁を営み財をなした。【出典

・ 上ノ国(かみのくに): 北海道檜山郡上ノ国町上ノ国。古くは天河(てが)と称し、上之国・上国・神ノ国などとも書かれ、単に上とも表記された。地名は、松前を中心として以西を上(の国)、以東を下(の国)と称したことに由来する。鎌倉期津軽の安東氏は上ノ国と下ノ国の両氏に分かれていた。松前・上磯地方にはこの下ノ国氏が渡来していることから、上ノ国地方は上ノ国安東(藤)氏の北海道における拠点であったと推されている。 

# 栃木県の福原家: 那須氏の支流。下野国福原(栃木県大田原市)をルーツとする。那須資隆の四男の久隆が福原を領して福原氏を称した。 

・ 交代寄合。那須氏の庶流。那須資隆の四男の久隆が那須郡福原(栃木県大田原市福原)を領して福原氏を称し、福原城を築城したのが祖。戦国時代に、大田原資清の二男の資孝が養子となって、1590年に豊臣秀吉の小田原攻めに参陣して本領安堵された。1598年に資保のときに徳川家康に仕え、関ヶ原の合戦の際には大田原城を守り、合戦後には4500石を知行した。のちに、分知して3500石となり、交代寄合となった。【出典

# 神奈川県の福原家: 相模国鎌倉郡峯渡内村(神奈川県藤沢市)の旧家。桓武平氏の三浦氏族で佐原為連の子が母方の福原家を継いだのが祖と伝える。1416年に渡内村に転じ、戦国時代には北条氏の家臣の間宮氏に仕えていた。江戸時代には代々渡内村の名主を務めた。江戸時代中期の福原高峯は相模国の地誌「相中留恩記略(そうちゅうりゅうおんきりゃく)」を編纂したことでも知られる。後に苗字帯刀を許された。【出典

# 新潟県の福原家: 中魚沼郡津南町外丸の旧家。外丸村の庄屋を務め、同地を流れる信濃川の川支配の特権を与えられ、毎年高田藩主に初鮭を献上した。【出典

# 山口県の福原家: 長州藩の家老。安芸国高田郡福原(広島県安芸高田市吉田町福原)をルーツとし、長井氏の一族。長井貞広は同族である毛利元春の五男の広世を養子とした。広世は長井氏を継いだ後、実父の元春から譲られた福原村に住んで福原氏を称し、以後毛利氏の庶子家となった。【出典

# 卓球の福原愛は宮城県仙台市の出身。

# 「原」は「はらっぱ」の原、「福」は「深、吹」などから変化したもの。

# 国衆(国人)

# 兵庫県内の「福原」の名字の詳細

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