「本間」の名字の由来
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■ 本間(ほんま)

【2022/09/14:改編】

# 171位

# 全国順位(森岡浩ランキング): 173位

# 全国密度順位(森岡浩ランキング): 新潟県 > 山形県 > 北海道

# 全国人口順位(森岡浩ランキング): 新潟県 > 北海道 > 東京都

# 165位【知っておきたい家紋と名字 別冊宝島】

# 代表家紋

# 「ほん(本村)」+「ま(場所)」。「ほ(秀でる)」+「の(助詞)」+「ま(場所)」。【道産子のルーツ事典 岸本良信 中西出版】

# 村上源氏清和源氏をなどにみられる。

# 相模国愛甲郡本間(神奈川県厚木市)に由来し、武蔵七党の一つの横山党の海老名義忠が本間に住んだのが始まり。

# 新潟県から山形県にかけて多く見られ、特に佐渡には多い。

# 佐渡の本間家は上杉景勝の佐渡攻めで滅亡した。

# 本間: 新田開発の先駆者をいう。【出典

# 山形県の本間家

# 神奈川県の本間家 

# 新潟県の本間家

# Jリーグの本間勲は新潟県北蒲原郡中条町の出身。元陸軍中将の本間雅晴は新潟県佐渡市の出身。

# 全国では171位(約126000人)の名字だが、山形県(17位約9200人)、新潟県(13位約24000人)などに多く見られる。

# 主なルーツ地: 相模国愛甲郡本間(神奈川県厚木市)をルーツとする。

【本間】【出典

# 新潟県の本間氏: 佐渡の国人で、相模国愛甲郡本間(神奈川県厚木市)をルーツとし、武蔵七党横山氏の出。承久の乱の後、佐渡国地頭職を得て、後に一族が下向して佐渡本間氏となった。鎌倉時代末期には佐渡国守護代を務めた。天正年間上杉景勝の佐渡攻めで滅亡した。

# 静岡県の本間氏: 遠江国山名郡の国人清和源氏満政流と言われる。徳川家康に仕え江戸時代には旗本

# 国衆(国人)

# 「本」のつく名字

# 「間」のつく名字


■ 本間(光丘)家
戦後の農地解放以前は、日本最大の地主と言われた。その面積は、最大3000町歩。
・ 家訓: 「額(ひたい)に汗して得たるものに非ざれば真の財産たらず、須らく投機事業と会社事業を排斥せよ。」
※ この時代に「会社」という表現があったんですねぇ。
・ 「ローソク足チャート」は、本間家二代の光寿の弟の宗久が、大阪の堂島や江戸の蔵前で米相場をはった時に考案したといわれる。
・ 本間さまの経済再生の法則

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