「平岡」の名字の由来
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■ 平岡(ひらおか、ひろおか)

【2021/02/24:改編】

# 450位

# 代表家紋

# 古代豪族の平岡氏、清和源氏藤原氏良門流、藤原南家長野氏流、越智氏などにみられる。

# 瀬戸内海沿岸に多くみられ、特に広島県呉市や愛媛県松山市に多くみられる。

# 古代豪族の平岡氏は河内国讃良郡枚岡(大阪府四條畷市)をルーツとする。

# 関ヶ原の戦いで小早川秀秋に寝返りを教唆したのは平岡頼勝と言われる。清和源氏頼光流で、河内国平岡郷を由来とする。

# 河内国河内郡平岡郷(大阪府東大阪市)をルーツとする平岡氏は清和源氏頼光流。

# 枚岡に通じる。河内国讃良(さらら)郡枚岡より起こる平岡連は、天児屋根命(あめのこやねのみこと)の子孫の中臣氏族で奈良時代に神事を担当した。中世、同地を発祥とするのは清和源氏頼光流で、溝杭(みぞぐい)氏(摂津国島下郡溝口郷より起こる)の分流。戦国時代に小早川秀秋の家老の平岡頼勝がみえ、後に徳川家の旗本。また、一族で武田氏に仕え徳川氏に転じた系統もある。伊勢国発祥は藤原南家工藤氏族、他に武蔵国の上杉氏族、摂津国の村上氏族、伊予国の河野氏族、紀伊国の熊野氏族など多数みられる。代表家紋は「九曜」「片喰」「木瓜」「二つ引両」。【出典】【家紋のデータ

# 岐阜県の平岡家: 旗本河内国平岡郷(大阪府東大阪市)をルーツとし、清和源氏頼光流の溝杭氏の子孫といわれる。

・ 小早川秀秋に裏切りを進言した平岡頼勝は清和源氏頼光流で、河内国平岡郷をルーツとする。小早川家滅亡後に美濃徳野1万石。江戸時代には旗本

# 平岡頼勝: 関ヶ原の戦いに際して、小早川秀秋に裏切りを教唆したといわれる。清和源氏の頼光流で河内国平岡郷をルーツとする。小早川家滅亡ののち、徳川家康から美濃国徳野1万石。その後旗本へ。【江戸の殿さま 全600家 八幡和郎 講談社】

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