「長野」の名字の由来
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■ 長野(ながの、ちょうの)

【2018/04/09:改編】

# 401位

# 在原氏桓武平氏藤原南家_工藤氏流藤原北家利仁流などにみられる。

# 地名由来の名字で各地にみられるが、愛媛県と九州地方に多くみられる。

# 佐賀県東部では「ちょうの」読み。【名字でわかるあなたのルーツ 森岡浩 小学館】

# 上野国伊勢国豊前国の長野氏が有名。

# 主なルーツ地

・ 上野国群馬郡長野郷(群馬県高崎市)をルーツとする。

・ 武蔵国埼玉郡長野(埼玉県行田市長野)をルーツとする。

・ 伊勢国安濃郡長野(三重県津市美里町)をルーツとする。

・ 豊前国企救郡長野荘(福岡県北九州市小倉南区長野)をルーツとする。

・ 加賀国長野保(石川県能美市)をルーツとする。

・ 肥後国山鹿郡永野(熊本県)をルーツとする。

# 上野国群馬郡長野郷群馬県高崎市)をルーツとする長野氏は在原氏の一族。

# 武蔵の長野氏は武蔵国埼玉郡長野(埼玉県行田市長野)をルーツとし桓武平氏畠山氏の一族。

# 伊勢の長野氏は伊勢国安濃郡長野(三重県津市美里町)をルーツとし藤原南家工藤氏の一族。

# 豊前の長野氏は豊前国企救郡長野荘(福岡県北九州市小倉南区長野)をルーツとする。

# 加賀の長野氏は加賀国長野保(石川県能美市)をルーツとし、加賀斎藤氏の支流。

# 肥後の長野氏は肥後国山鹿郡永野(熊本県)をルーツとし、菊池氏の支流。

# 群馬県の長野家: 上野国群馬郡長野郷(群馬県高崎市)をルーツとする長野氏は在原氏を称する。上野業政は上野国の西部を制した。業政の死後、武田信玄に攻められて滅亡した。江戸時代彦根藩家老長野家は同族。

# 埼玉県の長野家: 武蔵国埼玉郡長野(埼玉県行田市長野)をルーツとし、桓武平氏畠山氏の一族。

# 滋賀県の長野家: 彦根藩家老上野国の戦国大名の長野氏の一族で、箕輪城主の長野業正の子の業親が祖。天正8年(1580年)に業親が箕輪で井伊直政に仕えて後に家老となった。 

# 福岡県の長野家: 豊前国長野荘(福岡県北九州市)をルーツとする。平安時代に国司として豊前国に下向したが、戦国時代に毛利家に敗れて衰退した。【出典】  

# 元フジテレビの長野翼は愛媛県の出身。フリーアナウンサーの長野美郷は愛知県みよし市の出身。プロ野球の長野(ちょうの)久義は佐賀県の出身。フリーアナウンサーの長野智子はアメリカの出身。

# 長野家

・ 上野国の戦国大名。石上氏の末裔の可能性が高いといわれる。平安時代末期から上野国群馬郡長野郷(群馬県高崎市)を本拠とした在庁官人。【出典

【苗字の謎が面白いほどわかる本 丹羽基二】より

# 長野と永野は通用される。

# 伊勢国安濃郡長野村をルーツとし、藤原南家工藤氏族。

# 武蔵国埼玉郡長野村をルーツとし、桓武平氏畠山氏族。

# 豊後国玖珠郡永野郷をルーツとし、清原氏族

# 上野国群馬郡長野郷をルーツとし、在原氏族

# その他、伊勢の村上源氏の北畠氏族、筑前の倭漢氏族大蔵氏流、尾張の藤原氏などがある。

# 永野は肥後国山鹿郡永野村をルーツとし、菊池氏族。

# 関連姓氏: 中賀野、永之、永埜、長埜、長濃、長能。

# 「長野」の地名の由来

# 長野家

# 国衆(国人)

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