「吉良」の名字の由来
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■ 吉良(きら)

【2019/03/06:改編】

# 1433位

# 清和源氏足利流、嵯峨源氏などにみられる。

# 代表家紋: 「足利二つ引両紋

# 四国地方九州地方で多くみられる。

# 大分県:66位、高知県:214位、熊本県:411位、愛媛県:459位など。

# 主なルーツ地

・ 三河国幡豆郡吉良庄をルーツとする。

# 室町幕府の将軍家の足利氏の支流で第五代古河公方(下総国古河を本拠地とした関東足利氏)である足利義氏(よしうじ)の庶子の長氏(おさうじ)が三河国吉良庄に移り住んだのが由来。

# 吉良: 足利義氏の子の長氏と義継が吉良荘の地頭となり吉良氏を称した。大分県の吉良氏は愛知県の吉良氏の一族だが、高知県の吉良氏は別流で源頼朝の弟の希義の末裔といわれる。

# 吉良家(きらけ・武蔵国): 家紋「二つ引両紋」

・ 武蔵国多摩郡世田谷(東京都世田谷区)を本拠地とした。

・ 清和源氏の足利義氏の子の義継が三河国の吉良庄東条に住んだ事に由来する。後に庶流の成高が世田谷に住んだ。相模国の北条氏に従ったが、北条氏の滅亡後徳川家康に仕え蒔田と改姓した。【戦国大名「御家」系譜事典 宝島社 監修:森岡浩】

# 愛知県の吉良家: 高家三河国幡豆郡吉良荘(愛知県西尾市吉良町)をルーツとし、清和源氏足利氏の支流。足利義氏の子の長氏と義継が吉良荘の地頭となって吉良氏を称した。江戸時代には三河国吉良4千石。  

# 「吉」は佳字で、本来は「芦」や「葦」の場合もある。

# この地は雲母を産出し、雲母はキラキラすることから「キラ」と称した。

# 歴史的に有名なのは忠臣蔵の吉良上野介

# 吉良家の嫡流の西条家は三河国の一向一揆の主将となり滅亡。東条家の持広の養子となっていた西条家の義安が西条家の宗家と認められ、孫で今が氏真の娘を母とする義弥(よしみつ)が高家として徳川幕府に仕えた。吉良上野介義央はその孫。【江戸の殿さま 全600家 八幡和郎 講談社】

# 国衆(国人)


■ 「吉良(きら)」の地名

■ 吉良上野介義央(よしなか)

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