三重県の名字の特徴
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★ 三重県の県名の由来 ・ 三重県の難読地名・珍地名 ・ 三重県の地名集

★ 三重県の名字の特徴

# さすが、伊勢の国だけに伊勢の藤原さんの(伊藤)が多いですね。特に県北に多いそうです。

# 東日本系の名字と西日本系の名字が混じっている。太平洋側の東西の名字の境は三重県らしい。

# 伊勢神宮の神官を務めた「荒木田」や「度会」氏の一族も多くいろんな名字が出ている。

・ 荒木田: 「浦田」「沢田」「沢村

・ 度会: 「川辺」「久志本」「出口

【三重県らしい名字】

# 三重県らしい名字に「水谷(県北、特に桑名市に多い)」「中西」「浜口」「稲垣」「出口」「世古」「瀬古」「板倉」などがある。

# 戦国時代に三重県を本拠地とした海賊由来の名字も多く、「三鬼(みき)」「四鬼(しき)」「五鬼上(ごきじょう)」「九鬼(くき)」などがある。

【三重県らしい名字2】

# 九鬼(くき)、上ヱ地(うえじ)、宇治土公(うじとこ)、垂髪(うない)、雲切(くもきり)、珍道(ちんどう)、積木(つみき)、二之湯(にのゆ)肥満(ひまん)真弓(まゆみ)。【あなたの起源を読み解く 名字の世界 インデックス編集部 イースト新書Q】

・ 三重県特有の名字集

■ 三重県の特徴的名字: 出口、菊岡、大市、山際、北鼻、世古柘植服部、川北、加太。【出典】  

■ 三重県の名字【出典

・ 伊藤: 県全体の3%近くをしめる。特に県北では1割近くを占める。

・ 北畠: 北畠具教(とものり)の先祖で、鎌倉時代の公卿の中院雅家が京の洛北の北畠に住んで改姓した。

■ 三重県の名字の特徴【出典

# 1位の伊藤が圧倒的に多く、3%近くで、2位の山本の2倍近い。

# 三重県の特徴的な名字

・ 44位:稲垣、55位:出口、85位:倉田、86位:野呂。矢田、中森世古、川北、駒田、山際(やまぎわ)板倉、瀬古。

・ 出口: 三重県、和歌山県、長崎県の三県に多い。三重県が最多で、三重県の北部と伊勢市周辺にまとまってみられる。

・ 野呂: 三重県と青森県にまとまってみられる。

・ 服部: 三重県の服部氏は地名由来で、伊賀国服部郷(三重県伊賀市)をルーツとする。鎌倉時代に御家人となり、伊賀国一帯に勢力をもった。室町時代には有力な国衆になったが織田信長の伊賀攻めで没落した。その後、服部半蔵正成が徳川家康に仕え、江戸時代には伊賀衆といわれる旗本となった。

# 紀平(きひら)

# 日紫喜(ひしき): 全国の6割が三重県にみられ、いなべ市の旧員弁町にまとまってみられる。もとは渡辺という名字の鋳工だったが、豊臣秀吉の命で京都の某寺の洪鐘を鋳造した際に、最初の銅湯が、ちょうど日の出時刻(日出=ひじ)に涌いたため、秀吉が「日出とは喜(め)でたい」と賞賛し、「紫」の嘉字を用いて「日紫喜」とした。

# 牧戸(まきど): 全国の4割以上が三重県にみられ、松阪市にまとまってみられる。津市や伊勢市にも多いほか、愛知県の尾張地方にもみられる。伊勢国度会郡牧戸村(三重県度会郡度会町牧戸)をルーツとする。


■ 1位: 伊藤(いとう)(2.7%): 三重県の伊藤家

■ 2位: 山本(やまもと)

■ 3位: 中村(なかむら)

■ 4位: 田中(たなか)

■ 5位: 鈴木(すずき)

■ 6位: 加藤(かとう)

■ 7位: 小林(こばやし)

■ 8位: 水谷(みずたに)

■ 9位: 森(もり)

■ 10位: 山口(やまぐち)

■ 11位: 佐藤(さとう): 三重県の佐藤家

■ 12位: 西村(にしむら)

■ 13位: 中西(なかにし)

■ 14位: 渡辺(わたなべ)

■ 15位: 服部(はっとり)

■ 16位: 前田(まえだ)

■ 17位: 中川(なかがわ)

■ 18位: 山下(やました)

■ 19位: 林(はやし)

■ 20位: 浜口(はまぐち)


■ 荒木田(あらきだ): 三重県の荒木田家

■ 石川(いしかわ): 三重県の石川家

■ 稲垣(いながき): 三重県の稲垣家

■ 入交(いりまじり): 三重県の入交家

■ 宇治土公(うじとこ): 三重県の宇治土公(うじとこ)家

■ 大塚(おおつか): 三重県の大塚家

■ 岡田(おかだ): 三重県の岡田家

■ 岡村(おかむら): 三重県の岡村家

■ 小津(おづ): 三重県の小津家 

■ 川喜田(かわきた): 三重県の川喜田家: 伊勢国津(三重県津市)の豪商。【出典

・ 伊勢国安濃郡津(三重県津市)の豪商。1635年には江戸の大伝馬町に木綿仲買の店を出し、以後江戸の木綿問屋で栄えた。【出典

■ 河辺(かわべ): 三重県の河辺家: 伊勢神宮の大宮司家。古代豪族中臣氏の流れをひく。明治時代には男爵。【出典】 

・ 伊勢神宮の大宮司。奈良時代に中臣意美麿が伊勢神宮の祭主となって以降、中臣氏が伊勢神宮の神官をつとめるようになり、769年に清麻呂が大中臣姓を授けられた。以後、清麻呂の子孫が伊勢神宮の祭主と宮司を独占した。南北朝時代以降は、河辺家が大宮司職を世襲している。明治時代には男爵。【出典

■ 久野(くの): 三重県の久野家 

■ 北畠(きたばたけ): 三重県の北畠家

■ 小泉(こいずみ): 三重県の小泉家

■ 国分(こくぶ): 三重県の国分(こくぶ)家

■ 沢田(さわだ): 三重県の沢田家

■ 芝原(しばはら): 三重県の芝原家: 伊勢国安濃津城下の豪商。【出典

■ 清水(しみず): 三重県の清水家

■ 竹川(たけかわ): 三重県の竹川家: 伊勢国飯南郡射和村(三重県松阪市)の豪商。近江国の浅井長政の末裔という。【出典

・ 伊勢国飯野郡射和村(三重県松阪市)の豪商。浅井長政の末裔という。幕府の御為替御用をつとめ、江戸や大坂にも店を持った。本家・新宅・東家の三家からなる。【出典
 
 
■ 竹口(たけぐち): 三重県の竹口家: 伊勢国白子(三重県鈴鹿市)の豪商。【出典
 
・ 伊勢国奄芸郡白子(三重県鈴鹿市白子)の豪商。江戸時代前期の延宝年間に廻船問屋を創業。紀州藩の白子領を代表する積荷・廻船問屋で、代々次兵衛を称した。江戸の木綿問屋仲間の「白子組」を統括し、白子組の荷を輸送するためには竹口家の送り状が必要だったという。六代の如林は文化人としても有名。また、伊勢街道の白子宿で大徳屋を号した和菓子の竹口家も一族。代々、久兵衛を称し、紀州藩の御用達でもあった。【出典

■ 辻(つじ): 三重県の辻家

■ 藤堂(とうどう): 三重県の藤堂家

■ 常磐井(ときわい): 三重県の常磐井家: 伊勢国一身田(三重県津市一身田)の専修寺の住職。明治時代には男爵。【出典】 

・ 伊勢国安濃郡一身田(三重県津市一身田)の専修寺住職。親鸞が下野国に建立した専修寺は四代専空以降、代々住職を世襲した。十代の真彗のときに伊勢国一身田に転じ、浄土宗高田派本山となった。江戸時代は摂家・皇族から住職となり、1861年に近衛忠煕の四男の堯煕(ぎょうき)が継承。1872年には華族となって常盤井家を称し、男爵。【出典

■ 沼波(ぬなみ): 三重県の沼波家: 伊勢国桑名城下の豪商。【出典

■ 長谷川(はせがわ): 三重県の長谷川家

■ 浜田(はまだ): 三重県の浜田家

■ 伴(ばん): 滋賀県の伴家

■ 東(ひがし): 三重県の東家

■ 久松(ひさまつ): 三重県の久松家

■ 土方(ひじかた): 三重県の土方家

■ 広野(ひろの): 三重県の広野家: 志摩国鳥羽城下の豪商。幕末には大庄屋を務めた。【出典】 

■ 藤波(ふじなみ): 三重県の藤波家

■ 本多(ほんだ): 三重県の本多家

■ 増山(ましやま): 三重県の増山家

■ 町井(まちい): 三重県の町井家: 伊賀国枡川(三重県伊賀市枡川)の旧家。江戸時代には大庄屋を務めた。【出典

■ 松木(まつき): 三重県の松木家

■ 松平(まつだいら): 三重県の松平家

■ 三井(みつい): 三重県の三井家

■ 宮田(みやた): 三重県の宮田家

■ 本居(もとおり): 三重県の本居家

■ 諸戸(もろと): 三重県の諸戸家: 伊勢国の山林地主。【出典

・ 伊勢桑名の山林地主。もともと木曽岬の庄屋だったが、幕末の清九郎の代に塩の売買に失敗して家が傾き、桑名に転じた。その子の清六は米の売買で大もうけすると、明治時代中期から土地の集積を始めた。そして、渋谷から世田谷にかけての土地を買い占めた他、一族で1万町歩ともいわれる広大な山林を手にした。【出典


■ 三重県の地名をルーツとする名字

■ 東海地方の名字の特徴

■ 三重県の名字の読みの特徴

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