「田中」の名字の由来
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■ 田中(たなか)

【2021/03/06:改編】

# 4位【第一生命ランキング

# 全国に約135万人

# 第4位 約134万人【明治安田生命ランキング2008

# 第4位 約134万人【明治安田生命ランキング2013

# 第4位 約133万人【明治安田生命ランキング2018

# 全国約134万人【道産子のルーツ事典 岸本良信 中西出版】

# 全国順位(森岡浩ランキング): 4位
# 全国密度順位(森岡浩ランキング): 鳥取県 > 佐賀県 > 滋賀県
# 全国人口順位(森岡浩ランキング): 大阪府 > 東京都 > 福岡県

# 古代氏族の田中氏

# 代表家紋

# 田中姓は古事記新撰姓氏録にも記載がある古代からの名字。「天津日根命(あまつひねのみこと)」を祖とする。

# 田中姓は全国に分布する。これは、古来から日本経済の基本は米にあり、田んぼが全国まんべんなくあったためと言われる。そして、家の廻りに田んぼを作るというのが一般的なため、「田」のつく姓の中でも「田中」が多い所以と言われる。

# 田中姓は関西と日本海側に多いが、田中姓で有名なのは元総理大臣の田中角栄だが、彼の出身地は新潟県の現柏崎市であり、まさに日本海側にある。

# 古代豪族の田中氏は大和国高市郡田中(奈良県橿原市田中町)をルーツとし、武内宿禰の子孫。

# 古事記に出てくる倭田中直(やまとたなかのあたえ)は大和国添下郡田中(奈良県大和郡山市田中町)をルーツとする。

# 少ない方を上げると、〜秋田県:23位、山形県:30位、福島県:32位、宮城県:49位、沖縄県:221位。

# 田に住む意で全国各地から興った古い地形姓。「田の中」というよりも、「田を所有している」という意味に近い。

# 常陸国田中郷(茨城県つくば市田中)をルーツとする田中氏は藤原北家小田流。

# 江戸初期の柳川藩主の田中家は近江国高島郡田中郷(滋賀県高島市安曇川町田中)をルーツとする。橘氏(朽木氏?)の出で、田中吉政が豊臣秀吉に仕え、関ヶ原の合戦で石田三成を捕らえたので有名。江戸時代には筑後国柳河32万5000石の藩主となったが、跡継ぎに恵まれず17年でお家断絶となった。末裔加賀藩士がいる。

# 山城国綴喜郡田中(京都府八幡市)をルーツとする。

# 上野国新田郡田中(群馬県太田市新田)をルーツとする。清和源氏新田氏流で里見義俊の子の義清が田中氏を称した。

# 伊豆国田方郡田中郷(静岡県伊豆の国市)をルーツとする。

# 戦国時代の武将「田中吉政」が有名。豊臣秀吉に仕え、関ヶ原の合戦では「石田三成」を捕らえ、後に筑後柳川藩の初代藩主になる。近江国高島郡田中郷(滋賀県高島郡安曇川「あどがわ」町田中)をルーツとする。江戸時代には筑後国柳川32万5千石の大名になったが1620年に跡継ぎがなく断絶した。

・ 近江国高島郡の田中吉政は豊臣秀次の家老的な立場で、近江国甲賀郡で3万石を領し、後には三河国岡崎で6万石を領した。秀次に疎んじられたため、秀次事件では連座せず、関ヶ原の戦いの後には領内に隠れていた石田三成を捕らえた。その後筑後国柳河32万石。しかし、1620年に跡継ぎがおらず断絶。

# 東京都港区下高輪の田中家は清和源氏新田氏の支流で、醸造業を営む。武蔵国南豊島郡上渋谷村(東京都渋谷区)の田中家は、室町時代に駿河国田中から移り住んだ。

# 山形県の田中家: 西田川郡大山村(山形県鶴岡市)で大屋を号した豪商。清和源氏の新田氏の末裔と言われる。戦国時代に上杉氏に仕えて庄内に移り住んだ。【出典

・ 出羽国田川郡大山村(山形県鶴岡市大山)で大屋を号した豪商。清和源氏の新田氏の末裔という。戦国時代には上杉氏に仕えて庄内に入り、最上氏の時代に大山村に移り住んだ。酒井氏の入部で大肝煎となった。代々、年寄役を務めた。【出典

# 福島県の田中家: 会津藩家老。元々は武田氏の家臣で、後に保科家に仕えた。出典】 

・ 会津藩の家老。元は武田氏の家臣で、長篠合戦で討ち死にした田中玄義の孫の正玄が祖。正玄は信濃高遠で保科正之に仕えて家老となった。以後代々家老を務め、五代藩主の松平容頌のもとで藩政を改革した玄宰が有名。また、幕末の田中土佐玄清は戊辰戦争では筆頭家老を務め、自決した。【出典

# 群馬県の田中家: 上野国新田郡田中(群馬県太田市)をルーツとし、清和源氏の里見氏の一族。戦国時代には横瀬氏に仕え、江戸時代高崎藩士。【出典

# 群馬県の田中家: 甘楽町の旧家の田中家は清和源氏の新田氏の一族で上野国新田郡田中(群馬県太田市)をルーツとする。【出典

・ 甘楽郡上野の田中家は清和源氏の新田氏の末裔。江戸時代には名主を務めた。【出典

# 群馬県の田中家: 上野国吾妻郡の中山道脇往還大戸宿(群馬県吾妻郡吾妻町大戸)の田中家は問屋と宿屋と名主を兼ねた。【出典

# 群馬県の田中家: 群馬県渋川市南牧の旧家。三国街道杢ケ橋関所の番人を務めた。【出典

・ 甘楽郡南牧村(群馬県渋川市南牧)の田中家は名主を務めた。【出典

# 新潟県の田中家: 下野国足利郡田中村をルーツとし、清和源氏新田氏の支流の田中姓は越後に広まった。【出典

# 富山県の田中家: 越中国婦負郡田中保(富山県富山市八尾町)に、戦国時代に土豪の田中氏がいた。

# 石川県の田中家: 加賀藩士筑後国の柳河藩主の田中吉政の末裔の田中家。田中吉政の長男の吉次は吉政と不仲で、柳河を離れて京で亡くなった。この吉次の末裔の一閑(いっかん)が前田家五代藩主の綱紀に仕えた。

# 福井県の田中家: 越前国敦賀郡敦賀(福井県敦賀市)の豪商。祖の正長(清六)は近江国高島郡田中下城村の出で、豊臣秀吉の下で鷹買商人として活躍した。秀吉の没後は徳川家康に仕え、一時は佐渡奉行を務めた。晩年は敦賀に住んで廻船業者に転じた。以後、代々敦賀船町で豪商として栄えた。【出典

# 長野県の田中家: 須坂市の豪商で、駿河国田中(静岡県)をルーツとする。川中島の合戦で功をあげ、須坂に住んだ。 

・ 須坂城下(長野県須坂市)の豪商。駿河国田中(静岡県)をルーツとし、川中島の合戦後に信濃国に移り住んだという。江戸時代には高井郡仁礼村(長野県須坂市仁礼)で帰農していたが、初代の新八が須坂の豪商の牧家に奉公したのちに、1733年に独立して菜種や煙草の集荷を行った。1745年には須坂藩の御用達となり、1764年には酒造業も創業した。2代目は苗字を許され、1779年には20人扶持を与えられて士分となった。5代目は須坂藩の御用商人となった。【出典

# 滋賀県の田中家: 近江国伊香郡集福寺(滋賀県長浜市浅井町)の旧家で江戸時代には庄屋を務めた。

# 京都府の田中家: 石清水八幡宮の別当。紀行教が貞観2年(860年)に石清水八幡宮を勧請したのが祖。行教の甥の御豊が初代神主となった。

・ 石清水八幡宮別当。山城国綴喜郡田中(京都府八幡市)発祥で紀姓。紀氏の出の行教が859年に宇佐八幡宮に参籠して神託を賜り、翌年男山に石清水八幡宮を勧請した。行教の甥の御豊が初代神主となり、以後その末裔別当職を独占した。平安時代後期に29代別当慶清が田中家を称し、以後善法寺家とともに代々検校・別当職をつとめた。田中家は平清盛と結んだため鎌倉時代は善法寺家の後塵を拝し、南北朝時代には南朝に属した。【出典

# 大阪府の田中家: 和泉国泉郡助松村(大阪府泉大津市)の旧家で、祖の田中遠江守は清和源氏新田氏の出と言われる。元亀年間ころからこの地に住み、江戸時代には庄屋を務めた。

# 大阪府の田中家: 河内国茨田郡枚方村(大阪府枚方市)の旧家で鋳物師。

# 兵庫県の田中家: 摂津国河辺郡金楽寺村(兵庫県尼崎市金楽寺町)の旧家で、江戸時代には庄屋を務めた。【出典

# 佐賀県の田中家: 唐津城下の豪商。筑前国怡土郡横浜村(福岡県福岡市)の出で、横浜屋を号し船問屋を営んだ。【出典

# 女優の田中絹代は山口県下関市の出身。政治家の田中角栄は新潟県柏崎市の出身。作家の田中小実昌は東京都の出身。俳優の田中邦衛は岐阜県土岐市の出身。歌手の田中星児は奈良県御所市の出身。俳優の田中健は福岡県筑後市の出身。歌手の田中裕子(夫は沢田研二)は大阪府池田市の出身。政治家の田中康夫は東京都武蔵野市の出身だが先祖は静岡県富士市。キャンディーズの田中好子は東京都足立区の出身。タレントの田中義剛は青森県の出身。ノーベル化学賞受賞の田中耕一は富山県富山市の出身。女優の田中美佐子は島根県隠岐郡西ノ島町の出身。爆笑問題の田中裕二は東京都中野区の出身。歌手の田中美奈子は千葉県船橋市の出身。プロ野球の田中幸雄は宮崎県都城市の出身。ココリコの田中直樹は大阪府豊中市の出身。タレントの田中律子は東京都の出身。女優の田中美里は石川県金沢市の出身。水泳の田中雅美は北海道遠軽町の出身。女優の田中麗奈は福岡県久留米市の出身。TBSのアナウンサーの田中みな実は埼玉県朝霞市の出身。プロ野球の田中将大は兵庫県伊丹市の出身。 

【新編日本姓氏辞典】千葉琢穂編著 展望社 より

・ 古名姓という。

・ 田中直のは河内氏の族、田中臣の裔は蘇我氏族。

(1) 桓武平氏良文流千葉氏相馬氏系。相馬盛胤三男郷胤が、陸奥国行方郡田中に住んで家号とす。

(2) 橘氏族田中氏、近江国高島郡田中村発祥。

(3) 桓武平氏国香流北条氏族。

(4) 清和源氏義家流新田氏族。

(5) 清和源氏頼光流土岐氏族。

他多数。

【知って楽しい「苗字」のウンチク 丹羽基二 PHP文庫】

# 田中(たなか)

・ 竹内宿禰を祖とし、田中直や田中臣などがいた。

・ 佐々木氏、九条氏、三浦氏、赤松氏、大伴氏などにみられる。

・ 田中氏は総じて、権力よりも生産を重視した日本文化の担い手として、高く評価すべき人たち。

【他のデータ】

・ 田中の地名は全国にあるが、特に奈良県に多く200カ所くらいあるそうだ。

# 田中吉政: 田中吉政は近江国高島郡の出で、豊臣秀次の家老的な立場だった。近江国甲賀郡3万石から三河国岡崎6万石。関ヶ原の戦いの後は筑後国の柳河32万石。1620年に跡継ぎがおらず断絶。【江戸の殿さま 全600家 八幡和郎 講談社】

■ 「田中」の地名

■ 「田中」駅

■ 外部リンク集: 休日駅めぐりの旅 しなの鉄道田中駅 

# 「田」の漢字の持つ意味

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