「小田」の名字の由来
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■ 小田(おだ・こだ)

【2021/09/10:改編】

# 179位【知っておきたい家紋と名字 別冊宝島】

# 代表家紋

# 同じ小田でも読みによって意味が違う。
・ こだ: 小さい田
・ おだ: 御田、神田と同じだが。通常は田そのものをいう。

# 茨城県の小田家: 常陸国小田(茨城県つくば市)をルーツとし、藤原北家。鎌倉時代に常陸国の守護となったが、南北朝時代には南朝に属し衰退した。戦国時代には小田原の北条氏に属し、豊臣秀吉の小田原攻めで滅んだ。【出典

# 長崎県の小田家: 肥前国松浦郡小値賀島(長崎県北松浦郡小値賀町)の旧家。江戸時代に壱岐島から転じた。【出典】  

・ 肥前国松浦郡小値賀島(長崎県小値賀町)の旧家。江戸時代初期に壱岐国から来島し、1685年に重憲が鯨組の小田組を興した。また捕鯨だけでなく、新田開発、酒造、海産物の販売などにも広げ、五島を代表する豪商の一つでもあった。1987年に小値賀島を去った。【出典

# 宮崎県の小田(おだ)家: 日向国延岡城下の豪商で岩見屋を号した。肥前の小田氏の一族。  

・ 延岡城下(宮崎県延岡市)の豪商。石見屋を号した。肥前国の小田氏の一族という。小田伊左衛門が有馬直純に仕え、有馬家の延岡入封後に、東西に分かれて、大坂資本と組んで、海運業・酒造業で栄え、延岡藩における特権商人となった。1754年には苗字帯刀を許され、1761年には郷士格。1771年には本〆方支配に登用された。その後は椎葉山の山林経営にも携わった。【出典

# 「小田」の名付けの一例

# 小田家(おだけ): 家紋「三つ鱗紋
・ 常陸国筑波郡小田(茨城県つくば市小田)をルーツとする。
・ 藤原北家道兼流の宇都宮氏の支流で八田知家の子の知重を祖とする。【戦国大名「御家」系譜事典 宝島社 監修:森岡浩】

# 国衆(国人)

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