「稲垣」の名字の由来
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■ 稲垣(いながき)

【2022/02/09:改編】

# 全国順位(森岡浩ランキング): 268位

# 291位【知っておきたい家紋と名字 別冊宝島】

# 代表家紋

# 東海地方に多く見られる他、富山県や埼玉県南部にも多い。

# 志摩国鳥羽藩主の稲垣家は伊勢国一志郡小倭(おやまと)荘稲垣(三重県津市白山町)をルーツとし、清和源氏と称す。

# 神奈川県の稲垣家: 相模国高座郡座間村(神奈川県座間市)の旧家。

# 新潟県の稲垣家: 長岡藩家老。三河時代から牧野家に仕えた。

・ 長岡藩の家老。三河時代から牧野家に仕える牛久保六騎の一家で、嫡流は代々平助を称して定席家老であった。分家の太郎左衛門家も家老を務めた。【出典

# 富山県の稲垣家: 越中国婦負郡鵯島(ひよどりじま)村(富山県富山市)の豪農。江戸時代には十村役を務めた。

# 富山県の稲垣家: 越中国射水郡棚田村(富山県大門町)の豪農。

# 富山県の稲垣家: 富山城下の造り酒屋。先祖は京都・鳥羽の米穀商の島屋。 

# 石川県の稲垣家: 加賀藩士

# 三重県の稲垣家: 伊賀国阿拝郡波敷野村(三重県伊賀市)の旧家。大庄屋

# 三重県の稲垣家: 志摩国鳥羽藩主。清和源氏の出を称す。伊勢国の住人の小田重氏が三河国に転じ、重賢のときに三河国渥美郡牛久保(愛知県豊川市)に住んだ。長茂は初め牧野成定に従い、1565年には徳川家康に仕えた。長茂は小田原攻めの功で、関東入国後3000石を与えられた。関ヶ原の合戦後、1601年に上野国伊勢崎藩1万石を立てた。重綱は1620年に越後国三条を経て、1651年に三河国刈谷2万3000石、重富は下野国烏山2万5000石に転じた。1725年に昭賢のときに志摩国鳥羽3万石に入封した。明治時代には子爵。【出典

# 滋賀県の稲垣家: 山上藩主清和源氏の出と言われる。伊勢国の稲垣氏と同流。

・ 山上藩主。伊勢国稲垣(三重県津市)をルーツとし、清和源氏の出。のちに、三河国吉田(愛知県豊橋市)に移り住み、徳川家康に仕えた。【出典】 

・ 山上藩(滋賀県東近江市)藩主。伊勢国一志郡小倭荘稲垣(三重県津市白山町)をルーツとするか。清和源氏の出を称す。重定は1685年に若年寄となって5000石を加増され、1万3000石となり大名となった。1698年に山上に陣屋を置いて山上藩を立てた。幕末に、太清(もときよ)は大坂定番や海軍奉行を歴任、佐幕派の大名として知られた。明治時代には子爵。【出典

# 稲垣【知って楽しい「苗字」のウンチク 丹羽基二 PHP文庫】

・ 「稲架(いなかけ)」に由来する。

・ 三河国の出で徳川家の家臣の稲垣家が有名。清和源氏の義光流。伊勢国一志郡稲垣をルーツとする?


■ 鳥羽藩 ・ 山上藩

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