三重県内の「増山」の名字の詳細
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■ 増山(ましやま): 三重県の増山家 

# 三重県の増山家: 伊勢国長島藩主武蔵七党の丹党の末裔。元は青木氏を称した。明治時代には子爵。【出典】 

・ 伊勢長島藩(三重県桑名市)藩主。武蔵七党の丹党の末裔で、元は青木氏を称した。青木利長の娘のお楽の方(宝樹院)は春日局に認められて大奥に入り、三代将軍家光の側室となって四代将軍家綱を産んだ。お楽の方の弟の正利は家光に仕えて母方の姓の増山を称し、1647年に相模国高座郡で1万石を与えられて大名となった。1659年に三河国西尾2万石へ。長男の正弥は1663年に常陸下館2万3000石を経て、1702年に伊勢長島2万石へ。六代の正賢は画家・書家としても知られた。七代正寧・八代正修はともに若年寄をつとめ、明治時代には子爵。【出典】 

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