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■ 悪四郎山(あくしろうやま): 和歌山県

■ 伊江島: 沖縄県
・ 伊江島の35%は米軍の関係地という。1953年にアメリカ民政府が公布した「土地収用令」により、一時は島の半分が接収されたそうだ。島民はこれに反発し、沖縄本島を縦断する「乞食行進」を行い、島の窮状を訴えた。その運動の結果、約510万平方mの土地が5回にわけて返還された。【珍島巡礼 イカロス出版】

■ 一光川(いかりがわ): 福井県
・ 大丹生(おにう)川ともいう。川名は上流の旧一光村にかかわると思われるが、詳細不明。大丹生川は河口の集落名によるか。【角川日本地名大辞典】
※ 川の名前と、集落の名前とどちらが先か?

■ 石狩川(いしかりがわ):  北海道 

■ 伊豆大島: 東京都
・ 1946年1月にGHQが出した 「連合軍最高司令部訓令677号」で、伊豆諸島も日本の範囲から除かれる地域とされた。しかも、他の地域とは異なり、GHQは監督はするが、統治を日本から切り離して島民に委ねるとした。まさかの、日本からの独立?一時は憲法もできたそうだ。しかし、1946年3月22日にGHQが日本からの分離を撤回したという。【珍島巡礼 イカロス出版】
・ 伊豆大島の三原山が誕生したのは1777年に始まった安永噴火。その後も、現在まで約35年おきに大きな噴火を繰り返している。1986年の大噴火では約1万人の島民が全島避難した。【珍島巡礼 イカロス出版】

■ 畝傍山(うねびやま): 奈良県橿原市

■ 恵那山(えなさん): 長野県・岐阜県

■ 大川(おおかわ): 東京都
・ 隅田川のこと。江戸庶民に親しまれた名称。
・ 大川端(おおかわばた): 台東区の吾妻橋あたりから、下流の隅田川両岸の川端。【江戸東京地名辞典 芸能・落語編 北村一夫】

■ おとめ川: 文京区内の江戸川の異称。江戸川区の江戸川とは別の川?【江戸東京地名辞典 芸能・落語編 北村一夫】

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■ 月山(がっさん): 山形県

■ 神室山(かむろさん): 山形県、秋田県。
・ 山形県の北東部にある山。神室は「神霊の宿る岩窟」の意。山頂近くに「雷神・大田神・水神」の石碑や、石の祠、小さな鉄製の鳥居・剣が奉納され、稲作を左右する天候に関する神々が祀られている。【角川日本地名大辞典】

■ 久高島(くだかじま): 沖縄県南城市
・ 久高島の土地は、一部の村有地を除いて全てが共有地。つまり私有地はなく、原則的に土地の所有者は神様なんだそうだ。久高島には琉球の島々の創世神の「アマミキヨ」海の彼方にある神々の国、ニライカナイから降臨し、五穀を伝え、聖地のクポー御嶽を作り、やがて首里まで登って琉球王朝を開いたという開闢神話が伝えれている。【珍島巡礼 イカロス出版】

■ 口之島: 鹿児島県のトカラ列島
・ 1946年1月にGHQが出した「連合軍最高司令部訓令677号」で、日本の統治権の及ばない地域として、「北緯30度以南の琉球列島」との文言があった。北緯30度線はちょうど口之島の陸上にあり、事実上陸上に国境線があった。1952年に本土復帰した。【珍島巡礼 イカロス出版】

■ クッチャロ湖: 北海道枝幸郡浜頓別町

■ 栗駒山(くりこまやま)

■ 呉羽山(くれはやま): 富山市の西部に延びている呉羽丘陵中の山。
・ 昔、神通(じんづう)川が大量の砂礫を堆積、褶曲運動によって小丘をつくり、その東側を神通川が浸食し、現在の地形ができた。この丘陵を境に県内を東西に分け、呉東(ごとう)・呉西(ごせい)と呼ばれている。【角川日本地名大辞典】
# 呉西平野(ごせいへいや): 富山県中央部の呉羽(くれは)丘陵以西の平野。射水(いみず)平野・礪波(となみ)平野・氷見(ひみ)平野の総称。東部の呉東平野が扇状地性であるのに対し、低湿地域がかなりの面積を占める。【角川日本地名大辞典】
# 呉東平野(ごとうへいや): 富山県中央部の呉羽(くれは)丘陵以東の平野。富山平野・新川(にいかわ)平野・黒部(くろべ)平野の総称。西部の呉西平野が低湿地域が多いのに対し、各河川による扇状地地形を形成している。【角川日本地名大辞典】

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■ 蔵王山(ざおうざん、ざおうさん): 山形県、宮城県。

■ 下地島: 沖縄県
・ 長さ3000mの滑走路を有する下地島。この空港はかつてはJALやANAのパイロットの訓練用の役割を果たしたが、JALが2012年に撤退。今後はどうなるのだろう?というよりどうなった?因みに下地島空港の年間維持費は約6億円だそうだ。【珍島巡礼 イカロス出版】
※ Wikipediaによると、ANAも2014年度末で完全撤退したため、2014年4月以降は琉球エアーコミューター(RAC)と海上保安庁が小型機訓練のために使用するのみとなっているそうだ。

■ 須川(すかわ): 山形県

■ 白根山(しらねさん): 群馬県・栃木県
・ 利根郡片品村と栃木県日光市との県境にある山。甲斐白根山、草津白根と区別して、日光白根山ともいい、また前白根山に対して、奥白根山ともいう。山名は、白い雪をかぶった山の意に由来する。【角川日本地名大辞典】

■ 白根山(しらねさん): 群馬県
・ 県の北西隅、吾妻(あがつま)郡嬬恋(つまごい)村と草津町の境にあり、長野県境近くの火山。活火山の白根山(2、162m)とその南の本白根山(2、176m)からなる双子火山で、総称して草津白根という。【角川日本地名大辞典】

■ 白根山(しらねさん): 山梨県
・ 白峰山とも書き、白根(白峰)三山を指す。地元では甲斐が嶺と呼ぶところもある。白根山系の主峰で北岳(3,192.4m)から南へ間ノ岳(3,189.3m)、農鳥岳(東農鳥岳3,025.9m)の3山の総称。山名は、「平家物語」に「手越を過ぎて行けば、北に遠ざかりて雪白き山あり、問へば甲斐の白根とぞいふ」とある。また江戸期には甲斐八景の1つ「白嶺の夕照」を詠じた「この夕べ残る日かげもはれていまむかふしらねの雪ぞくまなき」の和歌がある。【角川日本地名大辞典】

■ 隅田川(すみだがわ)
・ 本来の荒川であるが、現在では荒川下流の支流となっている。北区志茂(しも)5丁目の岩淵(いわぶち)水門で荒川から分かれ、蛇行しつつ南流、北・足立・荒川各区の間を縫い、台東区・中央区と墨田区・江東区の境界をなして東京湾に注ぐ。住田川・墨田川・角田川とも書き、また澄江(ちようこう)・墨水(ぼくすい)ともいう。別称は須田(すだ)川・あすだ川(更級日記)・染田(そめだ)川・入間(いるま)川・浅草川・みやこ川(宮戸川)・みやと川・大川・両国川など。上流を千住(せんじゆ)川、中流を浅草川といい、下流のみを隅田川とも称した。また河口部のみを特に大川といった。【角川日本地名大辞典】

■ 石動山(せきどうさん、いするぎやま): 石川県鹿島郡中能登町石動山子部
・ 能登と越中の間にあるのは石動山(せきどうさん、、いするぎやま)。古くは「いするぎやま」「いしゆるぎやま」と呼ばれた。山内に延喜式内伊須流岐比古神社があり、祭神は伊須流岐比古神(いするぎひこのかみ・石動彦)。
・ 昔、赤道山に隕石が落ちて石となり、その石が鳴動し神威を顕したことに由来する。

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■ 大雪山(だいせつさん): 北海道

■ 平島(たいらじま): 鹿児島県のトカラ列島
・ トカラ列島の中で初めて平家の落人がたどり着いた島という。【珍島巡礼 イカロス出版】

■ 多摩川(たまがわ): 山梨県・東京都・神奈川県
・ 山梨県東部から都の西・南部を東南流して東京湾に注ぐ川。河口付近の多摩川大橋から下流は六郷川とも呼ばれる。途中世田谷区二子(ふたこ)のあたりを二子玉川、大田区田園調布のあたりを丸子玉川という。多摩川は「和名抄」では「太波」とあり、古くは丹波川とも呼ばれたらしい。また後世「玉川」とも記したのは、山城・摂津・紀伊・陸奥にある玉川とともに六玉川(むたまがわ)と称されたことによるという。古代の川筋は現在より北側にあり、その痕跡は呑川(のみがわ)などに残存。川筋はしばしば移動を重ねたが、寛永初年の治水事業で現在の流路に固定した。江戸後期を中心とする筏による物資輸送の盛行は、多摩川の経済線としての価値を高めるものであった。さらにその水は、古来、飲料水・農業用水として利用されることが多く、すでに鎌倉期に多摩川から引水して武蔵野開発を行った事例が「吾妻鏡」に見える。江戸期には承応3年に玉川上水が開削されて江戸市街・武蔵野台地の発展に大きく貢献した。大正末期から昭和初頭にかけて村山・山口両貯水池が建設され、昭和32年には小河内(おごうち)ダムが竣工するなど、現在においても東京都の重要な水源となっている。なお多摩川は上古、「万葉集」の東歌にもあるように、大陸からの渡来人による布晒しが行われた所として有名で、また沿岸の各地には中世の古戦場などの史跡も多い。【角川日本地名大辞典】

■ 千曲川(ちくまがわ): 長野県

■ 千歳山(ちとせやま): 山形市大字平清水字千歳山

■ 鳥海山(ちょうかいさん): 山形県、秋田県。
・ 「とりのうみやま」とも読み北山(ほくさん)・北の山・大物忌(おおものいみ)山ともいい、出羽富士や秋田富士ともいう。山名の北山・北の山は北辺における高山を意味するという。鳥海は山頂にある鳥海湖や鳥海氏に関係するとの説もあるが、詳細は未詳。火山体は旧火山の西鳥海と、新火山の鳥海本岳(享和岳)に分けられる。最高点は享和元年の噴火によってできた新山。荒神(こうじん)ケ岳・行者(ぎようじや)岳・伏拝(ふくはい)岳・文珠(もんじゆ)岳などの地名が残されている。【角川日本地名大辞典】

■ 利根川(とねがわ): 利根川の最大流量は最小流量の70倍。東京都が利根川から取水する量は最小流量の17倍。【日本史の謎は「地形」で解ける 竹村公太郎 PHP文庫】

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■ 日本国(にほんこく): 日本国(にっぽんごく)ともいう。新潟県と山形県の間にある山。山は日本国片麻岩からなり、ふもとの小俣渓谷の露頭には千枚岩様の片理が見られる。山容は摺鉢を伏せたようで地元では石鉢山とも呼ぶ。「庄内風土略記」に「日本国」の山名に関する多くの伝説が記される。大和朝廷の東征による蝦夷地との境、「ここまでが日本国」説、江戸期この山で獲れた鷹を領主に献上したところ賞讃して「獲れた山を日本国と名付けよ」説などで、定説はない。【角川日本地名大辞典】

■ 乳頭山(にゅうとうさん): 秋田県・岩手県
・ 烏帽子(えぼし)山ともいう。仙北(せんぼく)郡田沢湖町と岩手県の境にある山。秋田県側から見た山容は穏やかで、乳房のように見えることから「にゅうつむり」「にゅうとう」などと呼ぶ。烏帽子山は玉川の支流、小和瀬(こわせ)川上流にもあるが、同山は佐竹藩木山方役人の作成した古地図に乳頭山と記載されており、乳房は2つなければおかしいという意味で、当時から命名されていたという。【角川日本地名大辞典】

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■ 八丈島(はちじょうじま): 東京都八丈町
・ かつては「八嶽島(やたけじま)」だったが、「嶽」に「丈」をあてた。【東京の地名 地形と語源をたずねて 筒井功 河出書房】
・ 八郎(はつちよう)島・女御之(によごの)島・女護島・女国(によこく)・八嶽(やたけ)島ともいい、また、はるか沖にあることから沖の島、黄八丈が織り出されるところから綜嶼(いとしま)ともいう。【角川日本地名大辞典】

■ 早池峰山(はやちねさん): 岩手県
・ 古代に日本で金がとれたのは、主に北上山地。
・ 早池峰山から南の北上山地は、古くは、はるか南の海に浮かぶ島だった。その島が何億年もかけて、近づいて、同じように遠くから流れてきて大陸に張りついた北上山地の北側と激突した。ぶつかった衝撃は大きく、南から近づいてきた島が乗り上げ、もっとも底にある蛇紋岩の地層がめくりあがり、それが空に向かって伸びたのが早池峰山。
・ 蛇紋岩は、約5億年前に地殻とマントルの間で作られ、地表付近ではあまり見られない。
・ 蛇紋岩は植物の成長を妨げるマグネシウムを多く含むため普通の植物は育たなく、早池峰山にしかないといわれる、ハヤチネウスユキソウなどの特異的な植物が見られる。
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■ 比叡山(ひえいざん): 京都府・滋賀県

■ 船形山(ふながたやま): 山形県、宮城県。
・ 奥羽山脈を形成する船形連峰の主峰をなす火山。御所山ともいう。山形・宮城県境のほぼ中央に位置する。宮城県側からみると、頂上は平坦で両側が張り、漁船の形に見えるところから船形山が一般的。山形県側でなじみ深い御所山の名称は、承久の乱で佐渡に流された順徳上皇が、ひそかに脱出し、この山に潜み住んだという伝承から生まれたとされている。
・ 船嶺(ふながね)ともいう。
【角川日本地名大辞典】

■ 宝鏡山(ほうきょうさん): 岩手県
・ 東磐井郡の大東町・室根村と陸前高田市矢作町を境界とする山。標高592m。北上山地の南部に位置し、南西に室根山(895.4m)がある。アイヌ語で「ほうきょう」はオオカミに関係する地名ではないかといわれる。【角川日本地名大辞典】

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■ 馬見ヶ崎川(まみがさきがわ): 山形県山形市

■ 御蔵島(みくらじま): 東京都御蔵島村
・ 三倉島・御倉島とも書く。【角川日本地名大辞典】

■ 水戸辺川(みとべがわ): 宮城県
・ 本吉郡志津川町の南部を流れる川名。同町南西翁倉(おきなぐら)山中に源を発し、東流して水戸辺〜波伝谷(はでんや)間の入江で志津川湾に注ぐ。【角川日本地名大辞典】

■ 南大東島: 沖縄県
・ 玉置(たまおき)半右衛門: 実業家。玉置商会。明治33年に八丈島出身の22名の開拓団を南大東島に送り込んだ。8年後には北大東島にも送り込んだ。南大東島は1885年に日本に編入。主にサトウキビの栽培と、北大東島ではリンの採掘を行った。【珍島巡礼 イカロス出版】

■ 三宅島(みやけじま): 東京都三宅村
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■ 最上川(もがみがわ): 山形県

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■ ヤリキレナイ川: 北海道夕張郡由仁町
・ 全長約5Km。語源はアイヌ語の「ヤンケナイ」「イヤルキナイ」「ヤロキロロナイ」など諸説ある。「ヤンケナイ」は「魚の棲まない川」。「イヤルキナイ」は「片割れの川」で夕張川の支流を意味する。「ヤロキロロナイ」は「破れる力の川」で氾濫を意味する。【北海道 地理・地名・地図の謎 じっぴインパクト新書】  

■ 与那国島: 沖縄県
・ 1609年に島津藩が琉球に侵略して支配され、納税が義務づけられた。琉球政府は宮古島や八重山地方に人頭税を導入した。15歳から50歳の男女に課税されたそうだが、人頭税は収入の多寡に寄らないので人数を減らすしかない。そこで行われたのが人減らし。人頭税は1903年(明治36年)まで続いた。与那国島は戦後、密貿易によって栄え、米軍による取り締まりで衰退した。
※ 人減らし: 「クブラハリ」の悲劇。男より女が圧倒的に多かった与那国島で、妊婦を幅3.5mの岩の割れ目を飛び越させ、多くの妊婦やその子どもの命を奪った。【珍島巡礼 イカロス出版】

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■ 龍閑川(りゅうかんがわ): 東京都千代田区・中央区
・ 元禄4年(1691年)に開かれた人口の河川で現在は暗渠化(埋め立てられて下水道化)。川の名前は日本橋川から分流した町名の龍閑町(日本橋本石町4丁目)に由来する。【古地図から読み解く 城下町の不思議と謎 実業之日本社】

■ 六甲山(ろっこうさん): 兵庫県

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