「本庄」の名字の由来
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■ 本庄(ほんじょう)

【2019/03/06:改編】

# 地名姓で各地にみられる。

# 本庄繁長: 五七桐紋【武将と家紋 インデックス編集部】

# 近畿地方東北地方北部に多く見られる。

# 武蔵の本庄氏は、武蔵国児玉郡本庄(埼玉県本庄市)をルーツとし、武蔵七党の児玉党の出。

# 越後の本庄氏は、越後国岩船郡本庄(新潟県村上市)をルーツとし、桓武平氏秩父氏の出。江戸時代には米沢藩士。明治維新後には、北海道に移住したという。

・ 平安時代に藤原氏の一族の中御門家の荘園が越後国岩船郡にあり、小泉荘と呼ばれた。そこに新たに開発された地域が加わり、今までの地域は本荘と呼ばれ、新しい地域は加納といった。鎌倉時代にその地の地頭を務めたのが武蔵国の秩父氏で、秩父行長がこの地に住んで本庄氏を称した。

# 下総の本庄氏は、下総国三崎荘本庄郷(千葉県銚子市)をルーツとし、桓武平氏の東氏の支流。

# 出羽の本庄氏は、楯岡氏の支流。

# 平安時代、藤原氏の一族の中御門家の有する荘園が越後国岩船郡にあり、小泉荘といった。その荘園が拡大すると、昔からの領域を本荘と言った。小泉荘の地頭頭として鎌倉幕府から派遣されたのが、武蔵国の秩父郡の出の秩父氏だった。本荘に住んだ秩父行長は本庄氏を称した。その本庄氏が築いたのが村上城。【小さな城下町 安西水丸 文藝春秋社】

# 本庄家(ほんじょうけ): 家紋「竹輪に二羽飛び雀」

・ 越後国岩船郡小泉荘本庄(新潟県村上市)を本拠地とした。

・ 桓武平氏の秩父氏流。【戦国大名「御家」系譜事典 宝島社 監修:森岡浩】

# 高富藩 ・ 宮津藩

# 国衆(国人)

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