「銭」の家紋の解説 | |
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■ 「銭」の家紋の解説: 「銭」の家紋図
# 銭紋: 六文銭は六地蔵に供える銭数に由来する。【日本人なら知っておきたい 家紋と名家のいわれ 大野敏明 実業之日本社】
# 銭紋【出典】
・ 永楽銭紋(えいらくせんもん): 通貨をかたどった紋。最初は無文銭のデザインが使用されたが、しだいに文字入りの有文銭が増えた。長野県と隣接する県に多く見られる。
# 銭紋(ぜにもん): 銭紋は銭貨を象った家紋。日本で発行された銭貨だけでなく、中国で発行された銭貨も使用されている。初見は「蒙古襲来絵巻」に城次郎(安達盛宗)の旗に連銭の紋が付けられたとある。無文銭(六文銭など)と有文銭(寛永通宝など)では、その初期においてはほとんど使用している家に共通性が無く、その意義も異なると考えられる。室町時代の「見聞諸家紋」には、長氏が載る。無文銭は紀姓の滋野氏族に多く見られ、海野氏、矢島氏、八木氏、矢沢氏、鎌原氏などに見られる。江戸時代の寛政譜では、信濃国松代藩の真田家、武蔵国岡部藩の安部家、筑前国福岡藩の黒田家、但馬国出石藩の仙石家、下総国結城藩・駿河国沼津藩・上総国鶴牧藩・出羽国山形藩の水野家、丹波国篠山藩の青山家、摂津国三田藩の九鬼家、出羽国天童藩・丹波国柏原藩・大和国芝村藩の織田家、下野国佐野藩の堀田家が載る。幕臣では、久松松平家、奥村家、長家、細田家、本郷家、山中家、浦野家、矢嶋家、福嶋家、梶野家、市川家、野村家、渡辺家、小野家、海野家、八木家、中山家、氷見家、荒尾家、深見家に見られる。長野県、群馬県、静岡県、埼玉県、愛知県、香川県などに多く見られる。【出典】
# 六文銭紋(ろくもんせんもん): 永楽銭の紋は、現世の利益を願ったもの。これに対して、真田幸村が大坂の陣で掲げた六文銭の旗印は、来世の幸せを願う紋である。この紋は地蔵信仰に基づく。武士は戦いで人を殺す。だが、殺生は仏教では許されない。殺生する者は地獄で無限の責め苦に遭うとされる。しかし、六道の衆生を救うという地蔵の慈悲は、その武士達の非道をも救ってくれるとされた。すなわち、六文銭とは死者が三途の川を渡り、六道におわす地蔵に救済を願う銭である。滋野家、海野家、真田家、小野家、矢島家、浦野家、野村家、八木家などに見られる。【出典】
# ■ 銭紋: 織田信長が使用した永楽通宝のような有文銭と、真田家の六文銭のような無文銭がある。文字のあるものはそのめでたさから、文字の無いものは信仰的意義において家紋になった。【出典】
# 織田家、渡辺家、中村家、吉田家、真田家、仙石家、阿部家、水野家、八木家、手塚家、矢島家、奥村家、野村家、中山家、市川家、原田家、西村家、青山家、内村家、沢家、深井家、矢沢家、山中家、浦野家、海野家、長谷部家などに見られる。
【家紋の図柄】