「和田」の名字の由来 | |
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■ 和田(わだ)
【2022/10/17:改編】
# 58位
# 第60位 約26万人【明治安田生命ランキング2008】
# 第61位 約25万人【明治安田生命ランキング2013】
# 第61位 約25万人【明治安田生命ランキング2018】
# 全国順位(森岡浩ランキング): 57位
# 57位【出典】
# 代表家紋
# 和田氏: 七曜紋。のちに北条氏によって滅ぼされ、和田義盛の甥の重茂は北条方について討ち死に。遺族は越後国奥山に移され、庶流には「中条」「黒川」「羽黒」「関沢」などがある。【出典】
# 語源は、曲がっている田、輪のような地形の田、丸田から来ている。また、よい田、実りのある田、良田のこと。渓谷のやや広がった所を意味する。
# 和田をかつて、「にぎた」と読んだ地方があり、「にぎにぎしさ」を表し、「盛ん」であることを意味する。結局、実り多き田をあらわす。
# 地名由来の名字で各地にみられ、比較的関西から四国にかけて多くみられる。
# 和田の由来
・ 海人族説: ワタ(ワダ)は、元々朝鮮語の海(パタ)で、古代には朝鮮半島南部や北九州に勢力をもっていた部族で、これが各地に移り住んで集落を作った。
・ ニキタ(ニギタ)説: 新撰姓氏録によると、和田は「爾木多(にきた)」と呼んでいた。ニキタ(ニギタ)は平穏な地を意味し、人の住みやすい所を意味した。のちにその意味から「和」の字を当てた佳字である。つまり和田=吉田。
・ 地形説: 「ワタ」は輪田で、四角くない田(地形)で、主に平地の少ないところにみられる。
# 相模の和田氏は相模国三浦郡和田(神奈川県三浦市初音町和田)をルーツとし、桓武平氏の出で三浦氏の庶流。和田義盛の家紋。
# 上野の和田氏は相模国の和田氏の一族。
# 和泉の和田氏は和泉国大鳥郡上神郷和田村(大阪府堺市)?をルーツとする。
# 鳥取藩の家老の和田家は近江国甲賀郡和田荘(滋賀県甲賀郡甲賀町和田)をルーツとし、清和源氏の出。
# 初代の義盛が和田村に居住したのに由来する。
# 和田から派生した名字には、「中条」「黒川」「羽黒」「関沢」などがある。
# 相模国三浦郡和田(神奈川県三浦市)発祥の一族が有名で、ここから分家した和田家も多い。
# 群馬県の和田家
# 神奈川県の和田家
# 新潟県の和田家
# 石川県の和田家
# 長野県の和田家
# 静岡県の和田家
# 大阪府の和田家
# 兵庫県の和田家
# 鳥取県の和田家
# タレントの和田勉は三重県松阪市の出身。
# 秋田県の和田氏: 出羽国秋田郡の国人で出羽三浦氏の一族といわれる。【出典】
# 愛媛県の和田氏: 伊予国久米郡の国人。河野氏に従っていた。【出典】
【一個人 2013年12月号】
# 和田(57位)
・ 全国にみられ、やや西日本に多い。
・ 相模の和田氏は相模国三浦郡和田村をルーツとし、桓武平氏の三浦氏の一族。この一族は後に衰退したが一族は越後国に残る。
・ 近江の和田氏は近江国甲賀郡和田村をルーツとし、源経基の子孫を称す。
【苗字の謎が面白いほどわかる本 丹羽基二】より
# 「にぎた」とも読む。
# 和泉国大島郡和田郷、河内国の楠木氏、伊勢神官の族、近江国甲賀郡和田村をルーツとし清和源氏、近江国神崎郡和田村をルーツとし佐々木氏族などがある。
# その他、近江の清和源氏の高屋氏族、美濃国の土岐氏族など多流みられる。
# 関連姓氏: 丸田、倭田、和多、和方、和達、輪田。
【知って楽しい「苗字」のウンチク 丹羽基二 PHP文庫】
# 和田
・ 河内国の橘氏、佐々木氏、奥平氏、土岐氏、三浦氏、三宅氏、大江氏などにみられる。
# 「和田」の地名
# 国衆(国人)
# 古代豪族の和田氏
# 和田義盛
# 「田」のつく名字
# 「和」のつく名字
【2024/05/10:新載】
# 鹿児島県霧島市や日置市に多く見られる。【出典】
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