馬場家の家紋
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■ 馬場家の家紋: 「馬場」の名字の由来   

# 代表家紋: 割り菱紋

・ 馬場信房: 花菱紋

# 代表家紋: 「釘貫紋」「二本山路紋」「丸に三つ柏紋大掾氏流)」【知っておきたい家紋と名字 別冊宝島】

# 馬場信房(ばばのぶふさ): 花菱紋。武田信虎・武田信玄・武田勝頼武田家三代に渡って仕えた。武田四名臣の一人。四十年以上のあいだ、70回を越えた戦に参陣したが、長篠の合戦までかすり傷一つ負わなかったという。多くの城を築城した、築城の名手としても知られるが、長篠の合戦で戦死。【出典

# 馬場【出典

 ^饐觚常陸太田市馬場町/桓武平氏繁盛流大掾氏族: 「丸に三つ柏紋」「左三つ巴紋」「丸に隅立て四つ目紋」「丸に桔梗紋

※ 大掾氏庶流の石川家幹の二男の資幹が馬場次郎を称した。

◆\虱娶成田市馬場/桓武平氏良文流千葉氏族: 「丸に十五枚笹紋」「十曜紋

※ 諸説有るが、千葉氏庶流の東盛胤の子の胤文が馬場又四郎を称した。

 埼玉県比企郡ときがわ町大字馬場/出自は不詳: 「丸に笹竜胆紋」「丸に立ち沢瀉紋」「丸に橘紋

※ 河内源氏の棟梁の源為義の子で大蔵館に拠った源先生義賢の家臣の馬場兵衛次郎頼房の後裔

ぁ…耕邯木曽郡木曽町/清和源氏木曽氏族、藤原北家秀郷流沼田氏族: 「隅入り鉄砲角に鷹の羽紋」「釘貫紋」「笹竜胆紋」「丸に二つ引紋」「丸に轡紋」「左三つ巴紋

※ 木曽讃岐守家村の子の家景が馬場常陸守を称した。

ァ^γ慮名古屋市熱田区神宮/尾張姓熱田大宮司家: 「五瓜に唐花紋」「丸に五三桐紋

※ 尾張宿禰員宿(大宮司)の二男の西大夫信頼を祖とする。

Αゝ都府京都市上京区/清和源氏頼光流多田氏族: 「三つ筋山路」「二本山路」「雪輪に松皮菱紋」「揚羽蝶紋」「割り菱紋」「丸に花菱紋」「三つ盛り花菱紋」「笹竜胆紋」「丸に桔梗紋」「丸に五三桐紋

※ 源頼綱の子で、堀河天皇や白河院に仕えた仲政が馬場氏を称した。

А‖膾綮毀面市上止々呂美/清和源氏満政流: 「丸に桔梗紋」「丸に剣片喰紋

─〆寛豸三養基郡みやき町大字江口中野/藤原北家秀郷流少弐氏族、藤原姓鞠智氏族: 「丸に違い鷹の羽紋」「五瓜に唐花紋」「丸に抱き茗荷紋」「右二つ巴紋

※ 少弐貞経の後裔、または菊池氏の一族という。

家紋の図柄

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