「前田」の地名
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「前田」の地名集 「前田」の名字の由来
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■ 前田(まえだ): 北海道岩内郡共和町前田(まえだ)。当地は、旧金沢藩が起業社を興して士族授産のために79戸を移住開墾させた地で、旧藩主前田氏の名を取って村名としたという。【角川日本地名大辞典】

■ 前田野目(まえたのめ): 青森県五所川原市前田野目(まえだのめ)。梵珠山地南西部、岩木川支流前田野目川流域の山間地に位置する。

■ 前田屋敷(まえたやしき): 青森県南津軽郡田舎館村前田屋敷(まえだやしき)。地名の由来は、隣接する境森に居館をおき、南北朝期に南朝方に属した前田氏にちなむと思われるが不詳。【角川日本地名大辞典】

■ 前田野目(まえたのめ): 山形県東田川郡庄内町前田野目(まえたのめ)。前田ノ目とも書き、舞田野目(まいたのめ)とも称した。庄内地方、庄内平野のほぼ中央部に位置する。【角川日本地名大辞典】

■ 前田(まえだ): 福島県福島市。地名は大森城山の前方に開けたことに由来するという。

■ 前田(まえだ): 茨城県東茨城郡茨城町前田(まえだ)。地名は涸沼前川流域に広がる水田を前にした地形に由来するといわれる。

■ 前田(まえた): 栃木県大田原市前田(まえた)。地名の由来は黒羽城の前面に開けた四神相応の地相によるという。

■ 前田(まえた): 新潟県新潟市西蒲区前田(まえた)。
・ 他に何ヶ所か新潟県内に「前田」の地名があるが、みな「まえだ」読み。新潟県長岡市川崎町前田(まえだ)。新潟県長岡市前田(まえだ)。新潟県柏崎市西山町藤掛前田(まえだ)。新潟県南魚沼市一村尾前田(まえだ)。新潟県刈羽郡刈羽村刈羽前田(まえだ)。

■ 前田(まえだ): 富山県南砺市前田。

■ 舞田(まいた): 長野県上田市舞田。上田盆地南部、塩田平の西部に位置する。湯川が地内のほぼ中央を通る。北部は川西丘陵となり、舞田峠を経て仁古田と結ぶ。集落は川西丘陵南斜面の扇状地と湯川の作る小段丘上にあり、湯川に沿う別所街道と舞田峠からくる塩田道の十字路に街村をなす。舞田峠北部丘陵の山腹には鎌倉期の造立とされる県下最大の通称舞田金玉五輪塔がある。なお、「保元物語」に源義朝に従った信濃の武士として「舞田・近藤武者」が見え、当地との関りが考えられている。【角川日本地名大辞典】
・ 前田: 鎌倉時代に信濃国小県郡小泉荘にみられた地名。舞田は鎌倉時代には前田と書かれた。

■ 前田(まえだ): 岐阜県岐阜市加納前田町(まえだまち)。豊臣政権の京都所司代前田玄以は当地の出身と伝え、祖先の斎藤彦九郎季基が土着して前田を名乗るという。字村添に前田家祖先の墓という五輪石がある。【角川日本地名大辞典】

■ 前田(まえだ): 静岡県富士市前田(まえだ)。地名は潤井川の前にあることに由来すると言われる。

■ 前田(まえだ): 愛知県名古屋市中川区本前田町?「神鳳鈔」に記される「尾張国前田」とは当地を指すともいわれ、かつては伊勢皇大神宮の御領地であった。また、加賀国守前田氏の出身地である。「藩翰譜」に前田蔵人利昌が尾張国海東郡荒子城を領すとあり、荒子が当地に近いことから、前田氏は住居する地名を氏として名乗ったと思われる。【角川日本地名大辞典】

■ 前田(まえだ): 和歌山県紀の川市貴志川町前田(まえだ)。貴志川下流左岸の氾濫原および河岸段丘上に位置する。地名の由来について、「続風土記」には「人家所々に分れ各小名あり。本前田・一本木……其中にて本前田を本村とす。本前田、貴志川の堤に傍ひて村し土地平広なり。其外は皆西の方にありて土地高し。因て東の方を前田といふなるへし」と記す。また古くは大畑と称したといい、「宮村八幡宮の湯立釜大永年間銘に大畠と記す……又村中に井上総五郎といふ者の家に八幡三所の梵字の掛幅あり、其背に天文十五年十二月上貴志ノ荘大畠村氏人衆中と書す」とある。前田遺跡があり、釈迦十六善神像図・弥勒菩薩坐像・聖徳太子十六歳孝養像、地蔵寺には庭園がある。【角川日本地名大辞典】

■ 前田城跡(まえだじょうせき):  香川県高松市前田西町。高松市前田西町穂村(ほむら)の城山にある前田氏3代の居城跡。前田山から南西に下降した尾根丘陵の先端部(標高50mほど)を利用し、すぐ西手に新川が流れ、高松平野が広がる。背後に前田の山並み、前方に平野部を望む小高い丘陵地で、なかなか地の利を得ている。十河城主十河存春から分家した前田頼母頭宗存が文明年間に築城したという。これより南方4.8Kmの丘陵地(十川東町)に十河城が所在した。前田氏は宗存から主殿頭宗春と続き、第3代の甚之丞宗清が十河氏の部将として大いに活躍した。【角川日本地名大辞典】

■ 前田(まえだ): 福岡県行橋市前田(まえだ)。長峡(ながお)川中流左岸に位置し、東南部だけが平坦地の水田で、大半が前田山と通称される丘陵地。西端には前田大池がある。地名の由来は不詳だが、丘陵地の前面(東側)に水田がひらけているので「山の前の田」すなわち前田という名がついたという説もある。地区の北部の丘陵地は前田山遺跡と呼ばれる大規模な遺跡がある。【角川日本地名大辞典】

■ 前田(まえだ): 宮崎県。宮崎県えびの市前田(まえだ)。地名は、村里や岡または川などの前にある田畑を意味するところから、ここでは川内川の前にある田ということに由来したと伝えられている。【角川日本地名大辞典】

■ 前田(まえだ): 宮崎県都城市高崎町前田(まえだ)。「ふもと」ともいい、麓とも書く。霧島山高千穂峰東麓の台地一帯に位置する。霧島山麓の湧水が高崎川となり、南東に流れる。水量豊かな水田は古代からの開発とされ、前からの田の意味で前田の地名が起こったという。先土器時代以降の遺跡があり、仮屋尾地下式横穴古墳の鉄器武具は、日向隼人族のものといわれる。「三国名勝図会」によれば、平安末期僧俊寛が鬼界ガ島に配流のときに通過した朝鞍野は、地内の長尾山麓の台地にあたるという。鎌倉末期頃丹波国から式部維続がきて宇賀大明神を勧請し、地名の朝倉を名字としてこの地を領した。この頃高崎城(別名竜虎山城)が築かれた。天文年間に北原家の大将白坂下総介が高崎城主となり(雲遊雑記伝)、居館した屋敷跡が谷川にある。天正4年伊東軍の武将九藤因幡守が高崎城に籠って島津軍と戦ったが、高原城の落城で同城も明け渡した。【角川日本地名大辞典】

■ 前田(まえだ): 沖縄県浦添市前田(まえだ)。沖縄の方言では「メーダ」という。

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