「上田」の名字の由来
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 「あ」行の名字
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 上田(うえだ、うえた、こうだ)

【2019/03/06:改編】

# 70位

# 第70位 約24万人【明治安田生命ランキング2008

# 第67位 約24万人【明治安田生命ランキング2013

# 第63位 約25万人【明治安田生命ランキング2018

# 代表家紋: 「丸に笹竜胆紋」「丸に花菱紋」「矢筈十文字紋

# 川上にある田、高い位置にある田という地形由来の名字。

# 地名由来の姓。

# 「こうだ」読みは、兵庫県の淡路島にわずかにみられるそうだ。近隣に「上田(こうだ)」という地名があり、それに由来するか?

# 上田の「上」は標高が高いという意味と、川の流れの上手との意味があり、方角を意味する。東北地方沖縄県を除く全国にみられ、特に近畿地方を中心とした西日本に多く、奈良県京都府大阪府熊本県に多い。一般には「うえだ」読みが多いが、「うえた」と濁らないことも多く、高知県では「うえた」読みの方が多い。

# 高知県では「うえた」と濁らないことが多い。

# 信濃国小県郡上田(長野県上田市)発祥の上田氏が有名で、清和源氏小笠原氏の一族が名乗ったのが始まり。木曽地方や愛知県にも地名由来の上田姓がある。

# 信濃国筑摩郡上田(長野県木曽郡木曽町)をルーツとする上田氏もある。【出典

# 広島藩家老の上田家は信濃の小笠原氏系の子孫。

# 武蔵国吉見郷松山城(埼玉県比企郡吉見町)に北条氏の家臣の上田氏がいた。

# 近江の上田氏は近江国甲賀郡大原上田村(滋賀県甲賀市甲賀町)をルーツとする。

# 紀伊の上田氏は紀伊国伊都郡墨田荘上田郷(和歌山県橋本市上田)をルーツとし、橘姓の隅田党の一つ。

# 武蔵の上田氏は武蔵七党の一つの西党。

# 豊前の上田氏は豊前国宇佐郡上田村(大分県宇佐市)をルーツとし、紀氏の出。

# 富山県の上田家: 戦国時代に広瀬城(富山県南砺市舘)に上田氏がいた。

# 富山県の上田家: 越中国新川郡東岩瀬村(富山県富山市)の旧家。肝煎を努めた。

# 石川県の上田家: 能登国珠洲郡折戸村(石川県珠洲市)。十村役を務めた。

# 滋賀県の上田家: 信楽焼の陶芸家。

# 奈良県の上田家: 大和国高市郡今井町(奈良県橿原市)の惣年寄家。

# 奈良県の上田家: 吉野郡吉野町山口の旧家。

# 和歌山県の上田家: 紀州藩士紀伊国伊都郡隅田荘上田郷(和歌山県橋本市上田)をルーツとし、橘姓の隅田党の出。

・ 現在の橋本市と五條市周辺であった隅田(すだ)荘を領した隅田党の一つで、橘氏の出という。南北朝時代には南朝方に属し、江戸時代には紀州藩士。【出典

# 熊本県の上田家: 肥後国天草の旧家。

# 文学者の上田敏は東京都の出身。音楽家の上田正樹は京都府京都市の出身。くりぃむしちゅーの上田晋也は熊本県熊本市の出身。

【一個人 2013年12月号】

# 上田(60位)

・ 地名姓。

・ 西日本に多く、特に奈良県や熊本県に多い。

・ 武蔵の上田氏は武蔵七党の西党の出。

・ 武蔵の上田氏は武蔵七党の丹党の出で、戦国時代には武蔵国松山城主。

・ 信濃の上田氏は清和源氏義光流の小笠原氏の一族。

・ 肥後の上田氏は肥後国球磨郡を本拠とし、藤原為憲流の相良氏の一族。

# 上田重安: 上田重安は越前国で1万石を領していたが、後に浅野幸長(よしなが)の重臣となった。【江戸の殿さま 全600家 八幡和郎 講談社】

# 国衆(国人)

スポンサーリンク
スポンサーリンク
都道府県毎の名字の特徴 名字の様々な区分
難読名字 難読地名・珍地名
地名と災害 名字の博物館
名字と地名・都道府県編 民俗学の広場内の検索

■ このサイトで使用している「名字の順位」「全国の概算数」「都道府県毎の順位」などについてはこちらを御覧下さい。詳細】 

統計表示