「熊本県」名の由来
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名字と地名のMenu 「クマ」の語源

■ 熊本県: 熊本県熊本市 

# 熊本県: 「クマ」は「コマ」が訛った。高句麗人達の土地をさす。高麗人の本拠地という意味という説がある。

・ 熊本は、もとは隈本と書かれたが、本来は曲本と書かれるべきだった。「曲がった道が岡の本(した)を通っている」ありさま(曲所:くまもと)に由来する。「くま」とは、曲がりくねったありさまをあらわす古語。たとえば、埼玉県の熊谷は、曲がりくねった谷。和歌山県の熊瀬川は、曲がりくねった川瀬が続くところ。「曲」という字は曲者をあらわすように、印象が悪かったので、「熊」や「隈」の字を当てた。

# 熊本の「クマ」は朝鮮古代語の「固麻(コマ)」に由来する。球磨地方、久米(クメ)族河野(コノ)族、米(コム)。固麻は百済の地名。朝鮮古代語の神(コム)。等という説もあるようだ。

# 熊本は元々は隈本だったが、加藤清正が肥後国の北半分の19万5千石を領した際に、「隈」よりも「熊」の方が勇ましいと、「熊本」とした。

# 熊本(くまもと)
・ 加藤清正が「隈本」を「熊本」に変えたという話は知っていたが、その裏にはいろいろあるんだねぇ。
・ 佐々成政が秀吉の命令を無視して検地をした。それにおこった隈府城主の隈部親永が怒って成政と戦った。その結果、成政と隈部親子が切腹。それをうけて加藤清正が熊本に来たのか。
・ この地に以前から千葉城という城があり、現在のNHK熊本放送局の場所らしい。戦国時代に菊池一族の出田氏が築城し、千葉城と称したという。
・ 清正は1591年から、千葉城・隈本城があった茶臼山一帯に築城を始め、隈本城を熊本城としたという。
・ なぜ変えたかだが、一説には清正は新しい城を「隈という字は、阝(こざとへん)に畏(かしこまる)と書き、武将の城としては不適当なので、勇猛な熊の字に変えよ」とした。
・ また「阝(こざとへん)に畏(かしこまる)」は大きなおびえという意味もあるそうだ。
・ この本を読みながら地図をブラブラ見ていたら、熊本市内に見つけましたよ「画図」なんて地名。なんて読むんだ?思わず、「がず」って読んじゃいました。
【戦国大名はなぜその「地名」をつけたのか? 谷川彰英 朝日新聞出版】

 

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