「二階堂」の名字の由来
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■ 二階堂(にかいどう)

【2019/03/06:改編】 

# 漢字三文字苗字ランキング: 35位

# 二階堂家は藤原氏のながれをくみ、伊豆の工藤家の出。
鎌倉時代には二階建ての寺院のお堂は珍しかった。源頼朝が奥州藤原氏を討ちに平泉に赴いた時に、中尊寺金色堂の裏山に二階建てのお堂をみて驚いた。そのため彼は、鎌倉に永福寺という大きな二階建てのお堂を建てた。それにより、其の地は二階堂という地名になった。工藤行政が鎌倉の二階堂に住んで、二階堂を名乗った。

# 山形県の二階堂家: 成生荘(天童市)の地頭を務めた。【参考】 

# 神奈川県の二階堂家: 相模国鎌倉郡二階堂(神奈川県鎌倉市二階堂)をルーツとし、藤原南家の出。二階堂行政は源頼朝に仕え、鎌倉時代には代々執事を務めた。室町幕府でも執事を務めたが、伊勢氏に圧されて没落した。鎌倉時代には全国各地に所領があったので一族は各地に広がり、特に薩摩国の二階堂家と須賀川の二階堂家が有名。 

# 鹿児島県の二階堂家: 薩摩藩士。鎌倉・室町幕府の官僚の二階堂氏の一族。藤原南家の伊東氏の一族。1249年に二階堂行久が薩摩国阿多郡の地頭となって、後に下向した。

# 鹿児島県の二階堂家: 大隅国肝属郡新富(鹿児島県肝属郡肝付町)の旧家。薩摩藩士の二階堂家の一族。 

# 二階堂家(にかいどうけ): 家紋「三つ盛亀甲に花菱紋」

・ 陸奥国岩瀬郡須賀川(福島県須賀川市)を本拠地とした。

・ 初代の二階堂行政は鎌倉幕府の政所(まんどころ)執事を務め、戦功で陸奥国岩瀬郡に所領を賜った。天正17年(1589年)に伊達政宗に滅ぼされた。【戦国大名「御家」系譜事典 宝島社 監修:森岡浩】

【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】より

・ 神奈川県の二階堂氏: 鎌倉幕府の官僚で、藤原南家の伊東氏の一族。初代の行政が二階堂と言われた鎌倉の永福寺付近に住んだのに由来する。室町時代にも政所執事を務めたが伊勢氏に圧されて没落した。一族は各地に拡がり、薩摩二階堂氏と須賀川二階堂氏が有名。

・ 鹿児島県の二階堂氏: 薩摩国阿多郡の国人。1249年に二階堂行久が薩摩国阿多郡の地頭となったのに由来する。江戸時代には薩摩藩士

・ 福島県の二階堂氏: 陸奥国の戦国大名。鎌倉時代初期に陸奥国岩瀬郡を与えられて下向したのに由来する。

・ 宮城県の二階堂氏: 陸奥国栗原郡の国人。正治年間に二階堂常信が陸奥国栗原郡沢辺(宮城県栗原市金成)に住んだのに由来する。葛西氏に押されて一関に転じた。

# 「二階堂」の地名

# 国衆(国人)

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