| 「二階堂」の地名の由来 | |
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■ 二階堂(にかいどう): 神奈川県鎌倉市二階堂
・ 地名の由来は、文治5年源頼朝が奥州凱旋ののち、中尊寺の二階大堂大長寿院の荘厳さにうたれ、二階堂を模して永福寺を建立したが、この二階堂が地内にあったことによるという。【出典】
・ 二階堂: 鎌倉時代に相模国鎌倉郡にみられる地名。現在の鎌倉市二階堂の瑞泉寺手前左側一帯がその遺跡であり、汀石や中の島の一部が残されている。このように鎌倉期には寺院名として見えることが多くいつ頃地名となったかは定かではない。【出典】
・ 二階堂(にかいどう): 鎌倉市にある地名で、その昔、源頼朝が奥州平泉に赴いた際に、二階建ての堂を見てびっくりして、鎌倉に二階建ての堂宇を建設したことに因むという。「二階堂」という建物は、平泉・鎌倉ともに存在していないが、「二階堂」という地名と姓は現在も存続している。二階堂氏は、もとは藤原姓だったが、二階堂があった鎌倉の永福寺近くに屋敷を構えたことから二階堂氏を称し、代々鎌倉幕府の政所執事の役職を担う要職にあった。【出典】
■ 二階堂(にかいどう): 福井県越前市二階堂町
・ 地名の由来は、武将二階堂吉信の一族が代々当地を治めたからと伝える。また8世紀頃既にかなりの力のある豪族が住みついていたと考えられる。また、当地の北方山頂に東西23間・南北10間ばかりの城跡が残る。10世紀中頃に鎮守府将軍斎藤利仁の孫、斎藤(二階堂)吉信が築城したと伝え、越前国府(武生)防備の見張所的性格のものであったと考えられる。【出典】
・ 人名由来の地名集