「諏訪」の名字の由来
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■ 諏訪(すわ)

【2019/03/06:改編】

# 689位 

# 栃木県:228位、群馬県:277位、茨城県:291位、鹿児島県:424位、香川県:454位、〜山形県:559位など。

# 信濃国諏訪(長野県)をルーツとする。

# 諏訪神社の神官の出。諏訪氏は神武天皇の子である神八井耳命(かんやいみみのみこと)の末裔とされる。当初は「金刺(かなさし)氏」を名乗っていたが、武士化した一族が、地名の「諏訪」を名乗った。

# 戦国時代の諏訪氏は武田家に滅ぼされるが、徳川家に仕えて諏訪氏を再興した。

# 薩摩国の諏訪氏も一族。

# もとは神職で、武家に転じた。神武天皇の子の神八井耳命(かむやいみみのみこと)の末裔の金刺氏に始まる。15142年に諏訪頼重が武田信玄に敗れて滅亡したが、頼重の従兄弟の頼忠が徳川家に仕えて諏訪家を再興した。江戸時代には高島藩2万7千石の藩主。【出典

# 武蔵国橘樹郡の諏訪氏も同族。

# 諏訪家: 諏訪神社の大祝(おおほうり)家。神(みわ)氏の子孫を称す。【日本史再検証 名家の「その後」 監修:森岡浩 別冊宝島】

# 諏訪家: 家紋「諏訪梶の葉」
・ 信濃国諏訪郡高島(長野県諏訪郡)をルーツとする。
・ 諏訪大社の大祝(おおほうり)の裔(すえ)と思われるが、末流は清和源氏満快流を称し、手塚信綱の子の盛重が諏訪氏を称したという。【戦国大名「御家」系譜事典 宝島社 監修:森岡浩】

# 福島県の諏訪家: 会津藩家老

# 長野県の諏訪家: 信濃国諏訪藩(3万石)の諏訪家は信州の名家で、武田信玄により滅ぼされたが江戸時代に復興。家康の六男の忠輝や、吉良上野介の息子の義周は諏訪に流された。

・ 諏訪大社の神職で、皇室の子孫を称す。一族からは戦国大名が出たが、武田信玄に滅ぼされた。分家は領地を回復し江戸時代には譜代大名。【出典

# 滋賀県の諏訪家: 滋賀県野洲郡矢島(滋賀県守山市矢島)の旧家。暦応3年(1340年)に幕府奉行人の諏訪氏が野洲郡赤野井村(滋賀県守山市赤野井町)の地頭職についたのが祖。  

# 鹿児島県の諏訪家: 薩摩藩士で、江戸時代の初期には家老を務めた。【出典】 

# 「諏訪」の地名の由来(諏訪の意味)

# 諏訪藩

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