「宮崎」の名字の由来
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■ 宮崎(みやざき)

【2022/04/06:改編】

# 69位

# 67位【出典

# 第69位 約24万人【明治安田生命ランキング2008

# 第68位 約24万人【明治安田生命ランキング2013

# 第67位 約24万人【明治安田生命ランキング2018

# 全国順位(森岡浩ランキング): 67位

# 全国順位:67位【出典

# 代表家紋

# 「宮(神社の近く)」で、「崎(山や丘など突き出た土地)」をあらわす地名由来。

# 「宮」は神社、「崎」は山の稜線の先端を意味する。【出典

# 東北地方を除いてひろくみられ、特に九州西部に多く見られる。【出典

# 地名姓で全国にみられる。東北地方を除いた全国にみられ、特に九州地方に多い。

# 紀伊の宮崎氏は紀伊国有田郡宮崎荘(和歌山県有田市宮崎町)をルーツとする。

# 常陸の宮崎氏は桓武平氏の大掾氏流で鹿島政幹の子の家幹が宮崎氏を名乗った。

# 陸奥の宮崎氏は陸奥国加美郡宮崎(宮城県加美郡加美町)をルーツとし、清和源氏木曽義仲の子孫。

# 越中の宮崎氏は越中国下新川郡宮崎(富山県下新川郡朝日町)をルーツとする。藤原北家の利仁流??

# 伊那の宮崎氏は日向国宮崎(宮崎県)をルーツとする。鎌倉時代に越中国に移り住み、宮崎城を築城。その後武田氏に仕えて伊那に移り住んだ。

# 富山県の宮崎家: 越中国宮崎(富山県朝日町)をルーツとし、藤原北家利仁流というが未詳。宮崎氏が住んで宮崎の地名ができたとも言われる。木曽義仲の出兵に従い、義仲が敗れた後には信濃国伊那郡黒田荘(長野県上郷町)に逃れて土着した。

# 富山県の宮崎家: 越中国下新川郡石田村(富山県黒部市)の豪農。

# 富山県の宮崎家: 富山藩士の宮崎家は、もとは加賀藩士

# 石川県の宮崎家: 加賀藩士。紀伊国(和歌山県)の出。祖の宮崎大弐は柴田勝家、村上周防守に仕え、1584年に蔵人が前田利長に仕えて、1200石を知行した。【出典

# 石川県の宮崎家: 金沢市で、代々彦九郎を称した釜師。初代の吉綱は能登国鳳至郡中居村(石川県穴水町)の鋳物師だったが、前田利常に召し出されて金沢に転じ、以後釜師となった。【出典

# 石川県の宮崎家: 七尾市の山王神社の神官。【出典

# アニメ作家の宮崎駿(はやお)は東京都出身。女優の宮崎美子は熊本県熊本市出身。

# 和歌山県の宮崎氏: 紀伊国在田郡の国人。熊野別当氏の一族で紀伊国宮崎荘(和歌山県有田市宮崎町)をルーツとする。【出典

【一個人 2013年12月号】

# 宮崎(67位)

・ 西日本に多く、佐賀県を中心とした九州地方北部に多い。

・ 日向国宮崎郡をルーツとし、紀大納言麻呂の子孫。

・ 信濃国の宮崎氏は諏訪神族。

・ 上野国甘楽郡宮崎村をルーツとし、武蔵七党の児玉党の小幡氏の一族。

・ 紀伊国在田郡宮崎荘をルーツとする。

■ 「宮崎」の地名の由来

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