「寒河江」の名字の由来
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■ 寒河江(さがえ)

【2019/03/06:改編】

# 2350位

# 大江氏などに見られる。

# 代表家紋: 一文字に三つ星

# 寒河江氏: 一文字に三つ星紋。大江広元の子孫で、出羽国寒河江荘を相続したが、南北朝時代にシバ氏に敗れ、後には最上氏に敗れて滅亡したが、最上氏の後ろ盾で家名を残した。【あなたの起源を読み解く 名字の世界 インデックス編集部 イースト新書Q】

# 全国の約半数は山形県にみられ、山形市、川西町、鶴岡市、米沢市、東根市などに多く見られる。

# 寒河江家(さがえけ): 家紋「一文字に三星紋」

・ 出羽国村山郡寒河江荘(山形県寒河江市)を本拠地とした。

・ 鎌倉時代の政所別当の大江広元が出羽国寒河江荘を与えられ、子孫が土着して寒河江氏を称した。天正12年(1584年)に最上義光によって滅ぼされた。【戦国大名「御家」系譜事典 宝島社 監修:森岡浩】

# 山形県らしい名字で、山形市や東置賜郡川西町に多くみられる。

# 山形県:90位、宮城県:791位など。

# 出羽国の大江広元の子の親広(ちかひろ)が出羽国村山郡寒河江庄(山形県寒河江市周辺)を継いだことに由来する。寒河江氏は大江氏の嫡流。

# 山形県の寒河江家: 出羽国の戦国大名で大江姓。大江広元が鎌倉幕府から出羽国最上郡寒河江荘(山形県寒河江市周辺)を賜り、舅の多田仁綱を目代として派遣し、地頭を嫡子の大江親広に譲った。五代の元顕が寒河江に移り住み、八代の時氏が寒河江氏を称した。南北朝時代には南朝に属し斯波氏と戦ったが大敗。室町時代には左沢氏や高屋氏などの分家を出した。戦国時代初期には伊達氏に属していたが離反して最上氏に従った。後に最上義光に討たれて滅亡した。一族は最上家に仕えたほか、仙台藩士もある。【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】

# 「寒河江」の地名の由来

# 国衆(国人)

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