「東根」の地名の由来
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■ 東根(ひがしね): 山形県東根市

・ 「ひがし(東)」+「ね(高くなった所)」で、「最上川の東の高所」の意味。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】

・ 東根は楯岡(立岡)の東側のゆるやかな台地に開けた集落。【JR・第三セクター 全駅ルーツ事典 村石利夫 東京堂出版】

・ さくらんぼ東根駅(さくらんぼひがしねえき): 旧蟹沢駅。JR東日本・奥羽本線。山形県東根市さくらんぼ駅前。

・ 山形盆地の東に連なる山々の麓に開けたことに由来するといわれている。【都市データパック(市章)・東洋経済新報社】

・ 村山地方、山形盆地北東部、乱(みだれ)川扇状地の北扇側部、西流する白水川と日塔川の合流地点付近に位置する。灌漑のための沼溜池も多く、大木沢沼・日塔沼・竜興寺沼・光専寺沼・北沼などがある。地名の由来は盆地の東に連なる山々の麓にひらけたことによるという。【角川日本地名大辞典】

・ 東根領(ひがしねりょう): 山形県東根市。江戸期の所領名。村山郡のうち。領名は東根に陣屋が置かれたことにちなむ。寛文8年松平忠弘が山形15万石から下野宇都宮に転封し、奥平昌能が9万石で山形に入封すると、漆山領3万石は幕府領となり、東根領3万石は下野宇都宮藩松平忠弘領となった。この時の東根領は山口組9か村、猪野沢組8か村、東根組2か村、天童組5か村、高木組5か村からなっていた。東根・天童を中心とした村山盆地中部東寄りの村方で、東根に陣屋を設けて支配した。元禄5年松平直矩が山形から白河に転封すると東根領3万石は直矩に与えられ、陸奥白河藩領となった。その後一部村付の変更もあったが、白河藩でも東根陣屋に羽州代官以下を派遣して支配した。寛保2年白河藩主松平氏が姫路に転封すると東根領3万石は幕府領となり、漆山代官宮村孫左衛門の支配となった。漆山代官は東根を出張陣屋として手代・元締らを派遣していた。その後村付の変更もしばしば行われ、のちには尾花沢代官の出張陣屋となった。東根領の村々の多くは奥羽山脈西麓の水田の少ない畑作地帯で、新田村も多く、困窮の村が多かった。享和元年の村山郡一揆および慶応2年の百姓一揆は、この地帯が発生源であった。安政2年12月東根周辺の諸村は蝦夷地松前藩領となり、明治3年9月山形県管轄となった。【角川日本地名大辞典】

■ 「東根」の名字の由来

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