「金子」の名字の由来
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■ 金子(かねこ)

【2021/02/05:改編】

# 56位

# 第43位 約31万人【明治安田生命ランキング2008

# 第44位 約32万人【明治安田生命ランキング2013

# 第45位 約30万人【明治安田生命ランキング2018

# 全国順位(森岡浩ランキング): 56位
・ 全国密度順位(森岡浩ランキング): 新潟県 > 群馬県 > 埼玉県
・ 全国人口順位(森岡浩ランキング): 埼玉県 > 東京都 > 神奈川県

# 代表家紋

# 砂金や砂鉄が採取される土地、鍛治師の祭神「金谷子神」ゆかりの地をルーツとする名字。

# 関東地方から新潟県・山形県にかけて多くみられる。金子氏は室町時代に関東管領上杉氏に従った。後に北条氏を経て再度上杉氏に従ったため、越後国(新潟県)に金子姓が広がった。

# 埼玉県:13位、群馬県14位、新潟県:17位、神奈川県:18位、栃木県・東京都:26位、〜山形県:54位など。

# 武蔵国入間郡金子郷(埼玉県入間市)をルーツとする金子氏は武蔵七党の村山党。【金子郷

・ JR八高線の金子駅の近くにある木蓮寺は金子一族の菩提寺で、その一部が瑞泉院として今も有り、「日本のかねこ姓発祥の地」の標石がある。【地名でたどる埼玉県謎解き散歩 新人物文庫】

# 伊予国新居郡金子(愛媛県新居浜市)の金子氏の祖は武蔵国の金子氏。従って、地名由来の金子では無く、金子という名字から地名をつけたケースと言われる。

# 安芸国の金子氏の祖も武蔵国の金子氏の一族。

# 江戸時代出羽国上山藩家老に金子家があった。

# 岩手県の金子家: 陸奥国紫波郡日詰(岩手県紫波町)で美濃屋を号した豪商。初代は美濃国の関の刀匠。【出典

・ 陸奥国紫波郡日詰(岩手県紫波町)で美濃屋を号した豪商。初代の七郎兵衛は美濃国関の刀匠である関孫六の末裔と伝えることから美濃屋を号し、呉服商として成功。三代目は金融業に手を広げ、南部藩の御用金にもしばしば応じて苗字帯刀を許された。四代目七郎兵衛保憲は勘定奉行に抜擢され、藩命で武士としては金子、商人として関を名乗っている。1849年に藩主が美濃守となったことから、美濃屋の屋号を幾久屋と改めた。【出典

# 新潟県の金子家: 上越市の豪農。祖の内蔵助は毛利氏の家臣で、戦国時代に当地に移り住んで帰農した。

# 長野県の金子家: 諏訪大社の社家

# 長野県の金子家: 中野市の旧家で庄屋を務めた。

# 島根県の金子家: 物部神社の宮司。石見国の一宮。祭神は物部氏の祖である饒速日命(にぎはやひのみこと)の子の宇摩志麻遅命で、代々末裔の物部氏が宮司を務めた。中世に金子氏に改称したという。1718年に社殿が炎上、神宝・古記録などが焼失したが、1746年に寺社奉行だった大岡忠相が幕命で寄付を募り、1752年に再建した。江戸時代の神領は300石。1871年に国幣小社となり、1884年には男爵。【出典

# 俳優の金子信雄は東京都台東区の出身。流通ジャーナリストの金子哲雄は千葉県の出身。タレントの金子賢は東京都新宿区の出身。タレントの金子貴俊は東京都目黒区の出身。

# 「金子」の地名 

# 「金子」の資料集

# 金子: 砂金や砂鉄が採れる土地、または鍛治の神の金屋子神(かなやごかみ)への信仰から名字になった。【あなたの起源を読み解く 名字の世界 インデックス編集部 イースト新書Q】

【一個人 2013年12月号】
# 金子(56位)
・ 金子の地名は鍛冶師の住むところを表す。
・ 神奈川県から新潟県にかけて多い。
・ 武蔵国の金子氏は武蔵国入間郡金子郷をルーツとし、武蔵七党の村山党の出で桓武平氏。一族は伊予国播磨国地頭となり広がった。

# 国衆(国人)

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