「志田・志駄」の名字の由来
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■ 志田(しだ)

【2022/02/15:改編】

# 830位

# 代表家紋

# 全国に約24100人【全国分布

# 清和源氏為義流、藤原氏などにみられる。

# 関東地方から東北地方にかけて多くみられ、特に山形県西川町に多くみられる。

# 関東地方から新潟県や山形県にかけてまとまってみられる。志駄氏から転字した。【出典

# 山形県:89位(約2300)、岩手県:114位(約1400)、新潟県:179位(約2400)、長崎県:431位、静岡県:436位など。

# 信田・信太にも通用す。「しだ」は「芝」で、地名は多く漢字も多数あり、姓氏は互用する。常陸国信太郡に物部氏族の信太連(むらじ)があり、後裔信太氏は常陸国の浮島城の豪族だったが、佐竹氏に滅ぼされた。中世、常陸国には他にも桓武平氏相馬氏族の信田(信太)氏の他清和源氏の志田先生(せんじょう)義広(源為義の子)があり、この系は遠江国にも広まった。ほかに越後国・甲信にもみられる。代表家紋は「鷹の羽紋」「三つ柏紋」。【出典】【家紋のデータ

# 「田」の漢字の持つ意味

# 新潟県の志田家

# 「志」のつく名字

# 「田」のつく名字

■ 志駄(しだ)

【2021/11/25:新載】

# 常陸国志駄郡(茨城県)をルーツとし、清和源氏の出と言う。守護上杉氏に仕え、夏戸城(長岡市寺泊)を本拠とした。1415年に志駄定重が弥彦神社に奉納した備前長船の大太刀は重要文化財に指定されている。「志田」ともかかれ、現在は「志駄」の名字は見られず、全て「志田」である。【出典

# 「志」のつく名字

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