「久下」の名字の由来
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■ 久下(くげ、くした)

【2022/10/21:改編】

# 藤原北家道隆流の久下(くした)家: 葛の葉紋軍配団扇紋

# 武蔵七党の私市党から、武蔵国大里郡久下発祥の久下為家の系統。丹波国の豪族も武蔵国から下向した同族。他に藤原北家秀郷流小山氏族がある。代表家紋は「一文字紋」「軍配団扇紋」。【出典】【家紋のデータ

# 兵庫県に多くみられ、特に丹波市に固まってみられる。また、関東地方にも多い。青梅市の名字と言われるが。

# 武蔵国大里郡久下郷(埼玉県熊谷市)をルーツとし、武蔵七党の私市党の出。承久の乱後、久下直高が丹波国氷上郡栗作郷(兵庫県)の地頭となって下向した。

# 丹波地方の名字。武蔵七党の私市党の出で、私市家盛の弟の為家が武蔵国大里郡久下郷(埼玉県熊谷市)に住んで久下氏を称したのが祖と言われるが、異説もある。承久の乱後、直高が丹波国氷上郡栗作郷(兵庫県丹波市山南町)の地頭となって下向。南北朝時代には時重は足利尊氏に従って玉巻城(兵庫県丹波市山南町玉巻)に拠り、丹波を代表する国衆となった。1579年に明智光秀の丹波侵攻で滅亡した。【出典

# なお、武蔵七党の児玉党の久下氏もいる。

# 埼玉県の久下家

# 兵庫県の久下家

# 久下の地名

# 国衆(国人)

# 「久」の漢字の持つ意味 

# 「下」のつく名字

■ 久下本(くげもと)

【2022/01/05:新載】

# 広島県東部の名字福山市と沼隈町にまとまってみられる。【出典

# 「下」のつく名字

# 「本」のつく名字

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