「堀」の名字の由来
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■ 堀(ほり)

【2019/01/18:改編】

# 160位: 代表家紋: 「三つ盛亀甲に花菱紋」「丸に釘貫紋」「丸に四方木瓜紋」【知っておきたい家紋と名字 別冊宝島】

# 漢字一文字苗字ランキング: 7位

# 地形姓

# 群馬県から岐阜県にかけて多く見られるほか富山県や大分県にも多い。

# 信濃国飯田藩主堀家藤原北家利仁流

# 越後国村上藩主堀家清和源氏斯波氏の出と言われる。戦国時代には尾張国中島郡奥田城(愛知県稲沢市)に住んで奥田氏を称した。直政の時に織田信政に仕えて堀秀政に属し、堀氏に改姓した。

# 伊豆国の堀氏は藤原南家狩野氏の一族。

# 山形県の堀家: 出羽国飽海郡手蔵田町興屋村(山形県酒田市)の旧家で阿蘇弥八郎が手蔵田町興屋村を開墾して、藩主から堀姓を賜った。 

# 新潟県の堀家: 村上藩主清和源氏斯波氏流。戦国時代には尾張国中島郡奥田(愛知県稲沢市)を本拠に奥田氏を称した。後に、織田信政に仕えて堀秀政に属し堀氏に改姓した。江戸時代には信濃国飯山藩4万石、越後国蔵王8万石を経て1618年に越後村上10万石。 

# 富山県の堀家: 越中国射水郡布施村(富山県氷見市)の旧家で、加賀藩十村役を務めた。

# 富山県の堀家: 高岡市の豪農。

# 富山県の堀家: 富山藩士堀家が四家ある。

# 長野県の堀家: 飯田藩主藤原北家利仁流で堀利季が斎藤道三に仕え、後には織田信長、そして豊臣秀吉に仕え、越前国北庄(福井県福井市)18万石を領した。その後越後春日山30万石を経て、後に滅亡。庶流は飯田藩主。飯山藩主も同族。

# 長野県の堀家: 須坂藩主。飯田藩主の堀家とは別流で清和源氏の斯波氏の末裔で当初は奥田氏を称した。 

# 奈良県の堀家: 大和国吉野郡賀名生(奈良県五条市西吉野町賀名生)の旧家。吉野に落ちた後醍醐天皇をもてなした堀孫太郎信増の末裔。  

# 熊本県の堀家: 熊本藩の重臣で、嵯峨源氏の出。祖の堀勝好は越前の出で江戸時代初期に細川家に仕えた。

# 堀家

# 飯田藩 ・ 椎谷藩 ・ 須坂藩 ・ 村松藩

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