「田沼」の名字の由来
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 「た」行の名字
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 田沼(たぬま)

【2018/12/26:改編】

# 1894位

# 藤原北家の秀郷流、清和源氏新田氏流などにみられる。

# 代表家紋は「七曜紋」

# 田沼氏: 七曜紋。藤原姓の足利氏の佐野氏の庶流で、下野国田沼をルーツとする。【あなたの起源を読み解く 名字の世界 インデックス編集部 イースト新書Q】

# 関東地方に集中してみられる。

# 群馬県:303位、埼玉県:397位、栃木県:578位、岩手県:648位など。

# 室町幕府の将軍家の足利氏とは別系統の藤原姓足利氏の流れをくむ佐野氏から発生した。佐野氏の支流が下野国安蘇郡田沼村(栃木県佐野氏田沼)に移り住んだのが由来。

# 江戸時代には紀州藩士だったが、藩主の吉宗が将軍になるのに随行して幕府の直参となった。その流れをくむのが田沼意次である。

# 栃木県の田沼家: 下野国安蘇郡田沼(栃木県佐野市田沼)をルーツとし、藤原北家秀郷流。佐野盛綱の七男の重綱が田沼氏を称した。戦国時代には武田氏に従い、江戸時代には紀州藩士。吉宗に従って幕臣となった。

# 静岡県の田沼家: 遠江国相良藩主下野国安蘇郡田沼(栃木県佐野市田沼)をルーツとする。藤原北家秀郷流元仁2年(1225年)に佐野盛綱の七男の重綱が田沼氏を称した。戦国時代には武田氏に仕え、江戸時代には紀州藩士だったが、吉宗に従って幕臣になった。後に大名となり、田沼意次が有名。

・ 遠江国の相良藩の田沼家(1万石)は、明治維新で徳川宗家が駿府に移動したのにあわせて上総小久保に移動させられた。【家紋:七曜】。明治維新後には子爵。 

# 田沼意次

# 相良藩

スポンサーリンク
スポンサーリンク
都道府県毎の名字の特徴 名字の様々な区分
難読名字 難読地名・珍地名
地名と災害 名字の博物館
名字と地名・都道府県編 民俗学の広場内の検索

■ このサイトで使用している「名字の順位」「全国の概算数」「都道府県毎の順位」などについてはこちらを御覧下さい。詳細】 

統計表示