「多賀谷」の名字の由来
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■ 多賀谷(たがや)

【2023/07/15:改編】

# 多賀谷家(たがやけ): 家紋「一文字に木瓜紋」【戦国大名「御家」系譜事典 宝島社 監修:森岡浩】

・ 武蔵国騎西荘多賀谷郷(埼玉県加須市)をルーツとする。

・ 桓武平氏の出で、武蔵七党の野与党。有賀頼基の次男の光基を祖とする。室町時代に結城氏から養子が入り、その後結城氏に従った。戦国時代末期に佐竹氏から養子が入り、江戸時代には佐竹氏に従って出羽国に転じた。

# 茨城県の多賀谷家

# 埼玉県の多賀谷家

# 広島県の多賀谷家

# 伊予国桑村郡(愛媛県)の地頭にも多賀谷氏がいた。1351年下蒲刈島を領し、南北朝時代には倉橋島に住んだ。戦国時代には陶氏に属し、厳島合戦ののち毛利氏によって滅ぼされた。【出典

# 現在は、群馬県と秋田県に多く見られ、とくに群馬県伊勢崎師と秋田県北秋田郡比内町にまとまってみられる。【出典

# 「谷」のつく名字

# 「賀」のつく名字

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