「神吉」の名字の由来
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■ 神吉(かんき、かみよし)

【2021/03/29:改編】

# 兵庫県の名字で、全国の半数以上が兵庫県にみられる。播磨国印南郡神吉荘(兵庫県加古川市)をルーツとし、加古川市周辺にまとまってみられる。【出典

# 全国の約半数以上が兵庫県内に見られる。播磨国印南郡神吉荘(兵庫県加古川市)をルーツとし、現在も加古川市周辺にまとまってみられる。中世には印南郡の国衆に神吉氏がいた。清和源氏の出といい、神吉城に拠って、戦国時代には三木の別所氏に従った。1578年に頼定のときに落城して討ち死にした。【出典

# 中世に播磨国印南郡の国衆に神吉氏があり、清和源氏頼政流という。【【出典

# 兵庫県の名字。播磨国印南郡神吉荘(兵庫県加古川市)をルーツとする。清和源氏頼政流という。神吉城に拠り、戦国時代には三木の別所氏に従った。1578年に頼定の時に落城した。兵庫県加古川市周辺にまとまって見られる。【出典

# 熊本県の神吉(かみよし)家: 熊本藩の金工家。

# 神吉(かんき): 兵庫県加古川市西神吉町(かんきちょう)。加古川下流域右岸、神吉山南部に開ける平野部に立地する。「播磨鑑」は、高御位(たかみくら)山の神がしばらく鎮座したことに地名の由来を求める。神吉城は神吉氏の居城で、天正6年に織田信長の嫡子信忠により落城。この神吉氏の時代に、「なこうじ村」と改称し、奈幸子・七向寺・名古瀬の字が当てられる。しかし,天正年間の落城とともに元の神吉にもどる。「なこうじ」の由来は、南越路で、平荘・都染あたりから柳峠を越えて、南の方の大国へ出る通路に当たっているからという説がある。【出典

# 神吉(かんき): 兵庫県加古川市西神吉町(かんきちょう)など。「播磨鑑」は,高御位(たかみくら)山の神がしばらく鎮座したことに地名の由来を求める。【出典】 

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