有馬家 | |
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■ 有馬家(ありまけ): 「有馬」の名字の由来
# 有馬家16代当主の有馬頼央。平成8年に水天宮の権禰宜(ごんねぎ)となった。水天宮の総本宮は久留米市にある。平成21年に頼央は水天宮の宮司に就任した。【お殿様は「今」 加藤明 洋泉社】
# 有馬家(ありまけ): 家紋「有馬瓜紋」
・ 肥前国高来郡日野江(長崎県南島原市)を本拠地とした。
・ 出自は不詳だが、藤原純友の末裔説や平直澄の末裔説などがある。鎌倉時代に肥前国高来郡有馬荘の地頭となり有馬氏を称した。戦国時代末期には豊臣秀吉に従い、関ヶ原の戦いでは東軍に属した。日向国の延岡藩主から越後国の糸魚川藩主、越前国の丸岡藩主と転じた。【戦国大名「御家」系譜事典 宝島社 監修:森岡浩】
# 有馬家(下野国吹上藩)
・ 筑後国久留米藩の分家。有馬氏倫が徳川吉宗の側近として御側御用取次となり大名となった。明治時代には子爵。【譜代大名126家「勝ち組」の出世競争 榎本秋 晋遊舎新書】
# 有馬家: 越前丸岡の有馬氏は藤原純友の子孫を称す。高来郡有馬荘の地頭。【江戸の殿さま 全600家 八幡和郎 講談社】