「喜多村」の名字の由来
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■ 喜多村(きたむら)

【2022/01/08:改編】

# 津軽藩の家老に喜多村氏がいた。藤原北家秀郷流河村氏の出。北村宗統が津軽為信に仕えて津軽藩の家老になって、子孫が喜多村氏に改姓した。【出典

# 江戸時代、江戸の町年寄に喜多村氏がいた。1590年に喜多村弥兵衛が徳川家康に従って江戸に来たのが祖。日本橋本町に屋敷があり、代々町年寄を世襲した。【出典

# 現在は、南関東と山陽地方に多く見られる。【出典

# 青森県の喜多村家: 津軽藩家老藤原北家秀郷流の河村氏の出。もとは北村姓。【出典】 

# 千葉県の喜多村家: 下総国関宿(千葉県野田市)の豪商で、喜多屋を号した。【出典

# 東京都の喜多村家: 江戸時代の江戸町年寄三家の一つ。遠江国の出で、喜多村弥兵衛が徳川家康の関東入国の際に江戸に従った。【出典】 

・ 江戸町年寄三家の一つ。もともとは遠江国の出で、1590年の徳川家康の関東入国の際に、喜多村弥兵衛が従って江戸に来たのが祖。以来、樽家、館家と共に町年寄を世襲した。代々彦右衛門または彦兵衛を名乗り、日本橋本町三丁目に拝領屋敷があった。地代収入が数百両あったといい、1670年から93年には関口・小日向・金杉の三か村の代官もつとめた。また、分家がいくつかあり、町年寄職は分家から出たこともあった。【出典

# 北村(きたむら)からの転字だろうか?

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