「庄内」の地名の由来
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■ 庄内(しょうない)

  庄内という地名は山形県静岡県大阪府宮城県岐阜県大分県など各地に見られる。中世の日本は荘園制度をとっており、地方の武士が自分の領地を中央の有力者に寄進し、寄進地系荘園とするようになった。寄進者は領地を有力者に守ってもらう代わりに、毎年年貢を送った。その後、豊臣秀吉は検地を行い、全ての農地を大名の支配下においた。荘園制度は500年以上続いたため、全国に荘園由来の地名ができた。庄内は荘園の中に有ることでは無く、荘園の中心を意味する。
山形県の庄内は、鳥羽天皇の皇女である、損卞眇堂Δ了つ、八条院領だった。鳥羽天皇は院政期に白河天皇の後を受けて、藤原氏の勢力を抑えて、専制をしいた。鳥羽天皇が亡くなった直後に保元の乱がおきて、それがきっかけで院の力は衰える。八条院領は、院の政権の最盛期に作られた国内最大規模の荘園群だった。現在の鶴岡市のあたりが八条院領の中心の庄内とされ、後にその地名をさす範囲が広がった。(地名の秘密 そんな歴史があったのか 武光誠)

・ 庄内(しょうない): 戦国期から見える地域名。荘内とも書き、三荘・庄中ともいわれた。庄内の称は赤川流域の庄内平野を占めた皇室領(長講堂領)大泉荘の荘内たることに由来するという。【出典

■ 「庄内」と「荘内」

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